いのちを宿した、特別な“今”『うるう年の少女』鑑賞記


uruu
いのちを宿した、特別な“今” ――『うるう年の少女』鑑賞記――

2015年5月23日、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)はちょっとした騒ぎになっていた。
この日は特集上映【ENBUゼミナールCINEMA PROJECT+『魅力の人間』】の『うるう年の少女』が初日で、天野千尋監督、出演の小崎愛美理、佐藤岳人、柏木風太朗と言う大所帯が舞台挨拶に立つとあって大勢の映画ファンが集まったのだが、上映直前シネマスコーレに現れた天野千尋監督は、以前とは様子が違っていたのだ。

『うるう年の少女』Story:
12年ぶりに故郷に戻った、売れない女優。
田舎の風景は何にも変わってないようで、実はすべてがあの頃とは違っている。
皆いつの間にか、ちゃんと大人になっている。
結婚、出産、金、生活、老い……じわじわと迫ってくる現実。
でも私は、他の人とはちがう。
昔から信じている奇跡があるから。私は変わらない。私は老いない。
私はきっと、特別な人間になれるはず……。

坪井篤史(シネマスコーレ・スタッフ:司会進行) 「天野さん、スコーレでは初めての舞台挨拶だと思いますが……お子さんと一緒と言うことで(笑)」

天野千尋(監督・脚本) 「今観てもらった『うるう年の少女』を監督しました、天野千尋……と、息子です(場内拍手)」
天野監督の胸に装着されたマタニティ・スリングの中では、赤ちゃんがすやすやと寝息を立てていた。なんと、“子連れ舞台挨拶”である。

天野 「『うるう年の少女』は、ENBUゼミナールと言う映画の専門学校の俳優ワークショップから作られた映画です。俳優さんと演技を何十時間もやって、当て書きで脚本を書いて一緒に撮ると言う……濃密な時間を過ごす企画です。撮影自体も合宿しながら撮りました。ちょうどこの映画を撮る時に、妊娠が分かりまして……悪阻(つわり)とかで大変な撮影を乗り越えつつ……今こうして、産まれてきたと言う(笑)」

小崎愛美理(中村エミ役) 「お酒も嫌いじゃないと仰ってたのに……監督は、すぐ床に入ってました(笑)。本当に「体調、大丈夫かな?」って、皆が心配していて……言ってほしかったです(笑)!後からこの話を聞いて、自分の中でも『うるう年』の観方が変わりました」

佐藤岳人(佐藤岳人役) 「今まで『うるう年の少女』は5回くらい観てると思うんですけど、今日が一番よく観えて(笑)。監督の想いと言うか……どの登場人物に寄り添って観るかで、変わりますよね」

天野 「自分の中でも印象的な作品と言うか……濃い体験でした」

小崎 「中々ないですもんね、舞台挨拶に赤ちゃんがいらっしゃると言うのは(場内爆笑)」

佐藤 「監督、めっちゃ走ったりしてましたけどね……その時は知らなかったんですが、それでも転けるんじゃないかと心配になるほど走ってましたよね」

小崎 「本当に、ありがとうございました(監督に向かって)。……ごめんね(赤ちゃんに向かって)」

天野 「(笑)……そうですね。逞しい子に育ってるかも知れないですね」

柏木風太朗(エミの父役) 「僕は【シネマ・プロジェクト】のワークショップの中にお父さん役に当たるような年齢の方がいらっしゃらないと言うことで、助っ人みたいな感じでお呼びいただいたような経緯でした。皆さんが何ヶ月もワークショップで濃密な時間を過ごした中にポッコリ入っていったもんですから、なるべく乗り遅れるといけないと思い、心の準備をして臨みました。『うるう年の少女』って、身につまされる話なんですよね。僕は監督と同じ豊田市の出身です……ずっと山奥の方ですが。売れない役者って、田舎に帰ると本当に冷たい視線で見られる時代があったんです。でもそれは役者に限った話じゃなくて、外部の目線から自分をどう次の一歩に進めるかって言う、そんな想いをこの映画から受けました」

天野 「周りには自分も含め思うように行かず蠢いている人々が沢山いるので、自由に脚本を書いていい折角の機会そんな人々を描いてみたいと思ったんです」

『うるう年の少女』が観せる、“過去”、“未来”、そして、“現在”。真っ直ぐに、尚且つすんなりと観る者の胸に届くのは、ひとつの生命が誕生する真っ最中に息吹を注がれた作品だからなのかも知れない。
その刹那にしか存在し得なかった瞬間を写しとり、封じ込めた“今”を銀幕に未来永劫映しつづける――私たちは、それを“映画”と呼ぶのだ。

取材 高橋アツシ

【CINEMA PROJECT】『うるう年の少女』
シネマスコーレ公式サイト

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で