TOKYOエンタメさんぽVol.1 『フラッシュバックメモリーズ3D』


「神様 この記憶だけは消さないでください。」
身長よりはるかに長い楽器をくわえ、瞳を閉じて、まっすぐ立つ男性の写真に、このコピー。ある映画のポスターで、リアルな心の叫びのようなコピーを見た瞬間、泣きそうになった。
ディジュリドゥという楽器をご存じだろうか。オーストラリアの先住民族アボリジニ発祥の金管楽器(※素材は木製)だ。メロディというよりは、リズム自体を楽しむような楽器。そして、このディジュリドゥの奏者として、10年以上も国内外で活躍してきたのが、GOMAだ。数多くの大会で入賞した経歴を持ち、音楽フェスを初め、ライブハウス、お寺、富士山など、あらゆる場所で演奏し、活躍してきたアーティストである。
2009年11月26日。GOMAは首都高速で追突事故に遭い、翌年、MTBI(軽度外傷性脳損傷)と診断された。脳の損傷により、過去の記憶の一部がなくなったり、新しい記憶も定着しづらくなる病気である。GOMAは活動休止後、リハビリに専念し、再起不能と言われた状態から見事復活を果たした。2011年のことだ。

『フラッシュバックメモリーズ3D』は、過去の映像と共に、現在のライブ映像、そしてGOMAと奥さんの日記で綴った3D映画だ。この作品は、昨年の東京国際映画祭で、コンペティション部門観客賞を受賞している。ドキュメンタリーの3D映画を初めて観たが、“衝撃的”の一言。GOMAのライブに観客として参加しているようなリアル感があるのはもちろん(長いディジュリドゥの先端に触れられるような感覚)、同時進行で、背景には、過去のライブや日常の映像、日記が映し出されるため、その遠近感に驚く。境界があいまいな過去と現在の2つの世界が融合し、不思議な浮遊感を感じた。

音楽の力も大きい。ディジュリドゥという楽器は、低音で深い音色だ。ただ音を出すだけでもパワーを使いそうなのに、細かくリズムを刻むための呼吸法は、長年の鍛錬の賜物なのだろう。GOMAは、感覚を確かめるように、両手をゆらゆらと動かしながらディジュリドゥを操る。時々、楽器を離れてダンサーのように全身でステップを踏む。体全体でイメージを高めているような様子だ。
「この2~3年でやりたいことが実現してきている」と、事故前に行われた10周年を記念するイベントで、GOMAは語っていた。その時点でも、叶えたい夢がたくさんあったに違いない。そして、人生を変えた事故。「2009年11月26日の記憶」として映しだされた文章には、娘さんのことが書かれていた。

「娘と一緒に車に乗ったが、“一人で行った方がいい”という声がして、どうしても気になって、娘を車から降ろした。人生を大きく変えた選択。覚えているのは、空のように自由で気持ちのよい空間から、光へと飛び込んだ感覚」という内容。今のライブ映像の背景を、空と光の映像が彩り、GOMAを包んでいく。その瞬間、言葉と映像が“イコール”になった。

事故直後は、ディジュリドゥが楽器だということさえ忘れていたという。自分のすべてとも言える存在を忘れる――。本当の意味では想像などできないが、想像しようとするだけで胸が痛い。病名が付いた後、初めてディジュリドゥで、一曲を最後まで吹き終えた時、GOMAは大声で泣いた。“体は覚えてくれていた”という実感と、“体に覚えさせればいい”という希望。「筋肉痛が嬉しい」という言葉が印象的だった。絶望の中から、光を見つけていくことは容易いことではない。それでもGOMAの日記には、「信じる事」など、自身を励ます言葉で溢れていた。
冒頭のコピーが流れたのは、ディジュリドゥとは離れた日常のシーンだった。家族で過ごすクリスマスに、娘のために用意した自転車。その日の日記に綴ったのが、「神様 この記憶だけは消さないでください。」GOMAの奥さんは、東日本大震災の時に感じた喪失感を、事故で既に味わっていたと語る。家族が背負ったものの大きさは計り知れない。

映画は、GOMAが自身に問いかける内容で終わる。それは“今を楽しんでいるか?”ということ。記憶はなくしても、過去の自分が残した言葉に支えられて生きているということ。この思いは、復帰作の『I Believed The Future』というタイトルにも表れている。
映画を見終わって、“記憶って何だろう?”と考えた。過去は自分を縛り、未来は自分を不安にさせる。“記憶”には“今をありのままに生きる”ということを妨げる一面もあり、必ずしも良いことではない。ただ、劇中に「自分はどこの時間軸にも存在していない気がする」というGOMAの言葉があり、“記憶”は他者とのつながりなのかもしれないと思った。同じ記憶を誰かと共有することで絆が生まれ、関係が構築され、歴史となる。記憶を手がかりに振り返った時、“自分が誰だか”が分かる。自分の輪郭がはっきりすると、生きている実感にもなる。“記憶がある”という幸せを享受しながら、決して満足はしていない今の自分が恥ずかしくなった。

どんな状況でも、今この瞬間を精一杯、生きること。それはいつか、過去をなぐさめ、未来を救う――。
そう思わせてくれた映画だった。

ライター 須藤妙子

『フラッシュバックメモリーズ3D』
キャスト:GOMA&The Jungle Rhythm Section 監督:松江哲明
製作・宣伝:SPACE SHOWER NETWORKS INC.  (C) 2012 SPACE SHOWER NETWORKS.inc

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