_1120860アフリカ大陸からアメリカ大陸までの5万3千kmという遠大な道程を自らの脚力と腕力だけを頼りに走破し、人類は地球に拡散した。そんな“偉大なる旅路”を南米ナバリーノ島からタンザニア・ラトエリまで溯行することで再現しようという途方もない旅【グレートジャーニー】を、1993年から2002年という足掛け10年で達成した現代人がいる。医師であり探検家の関野吉晴氏である。
4%e6%9c%88-%e8%aa%b2%e5%a4%96%e3%82%bc%e3%83%9f%e3%81%ae%e8%aa%ac%e6%98%8e%e4%bc%9a現在、関野氏は武蔵野美術大学で文化人類学の教鞭を執っていて、誰でも自由に参加できる課外ゼミ【関野ゼミ】を開講している。関野ゼミ2015年度の課題は、“一からカレーライス”であった。食器である皿・匙、食材である野菜(にんじん・じゃがいも・たまねぎ)・肉(鶏)・米、調味料であるスパイス(しょうが・うこん・コリアンダー・とうがらし)・塩(海水塩)・油(菜種)……そう、カレーライスを“一から”作るというのだ。ムサビでも大人気である関野ゼミの説明会には200以上人もの学生が集まり、150人が参加を決めた。

そんな関野教授の課外ゼミを追ったドキュメンタリー映画が、ポレポレ東中野(中野区 東中野)と、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)で公開中だ。
タイトルはズバリ『カレーライスを一から作る』という。

「この映画は去年の4月から今年1月まで9ヶ月のドキュメンタリーなんですけど、実は今年の2月フジテレビの関東ローカルで半分の48分の尺で放送しました。この関野さんの試みは、関東ローカルの深夜放送だけで終わってしまうのは勿体ないと凄く思いまして、96分の映画にしたんです。関東から出ていきたいと強く思っていたんですが、やっと初めて関東から脱出できたのが、ここ名古屋です。最初に手を挙げてくださって非常にありがたいと思い、今日という記念すべき日を本当に感慨深く思っております」

2016年12月4日(日)、名古屋シネマテークの舞台挨拶に登壇した前田亜紀監督は、こう切り出した。

_1120854前田亜紀監督 元々、関野さんがカレーライスを作るというアイデアを持ってやり始めたのは2014年4月のことで、試行錯誤で1年後やり終えてカレーライスを作る日、私は初めて関野さんに会いに行ったんです。その時のカレーは非常に微妙な感じだったんですが(笑)、関野さんは「もっと頑張る」という志をお持ちだったので、撮影のお願いをしました。関野ゼミはムサビでも人気のゼミで、「カレー作るぞ!」って言ったら200人くらい希望者が殺到して、私は「嫌な予感がするな……」と思っていたんです(笑)。案の定、皆バタバタと辞めていき……当たり前ですけど、日曜日に雑草抜きを朝からやることになりますしね。交通費などに掛かるお金で、カレーなんて何処かで凄く高級な物が食べられるのに、単位には全く関係ない訳です。一杯のカレーを食べるためだけの課外ゼミに、残った学生は数名でした。その数名の学生さんは本当に凄いと思いますし、私も本当に良い出会いが出来たと思っています。

MC. 9ヶ月間、どれくらい取材されたんですか?
%ef%bc%95%e6%9c%88-%e7%95%91%e4%bd%9c%e3%82%8a-%e5%9c%9f%e3%82%92%e8%b5%b7%e3%81%93%e3%81%97%e7%95%91%e3%82%92%e4%bd%9c%e3%82%8b前田監督 ムサビ生は作品作りに追われたりして学業が忙しいので、休日は日曜日だけなんです。毎週次の日曜のスケジュールが送られてくるので、そこに通っていました。家畜を学内で飼い始めてからは毎日の作業になるんですが、いつ行くか約束事にしちゃうと自然体じゃないものになってしまうので、毎週適当に決めて鳥小屋の近くで私が一日張っていました(笑)。そして、来た子たちを撮らさせてもらって、偶然の出会いからシーンが出来上がっていったんです。
MC. 畑や田圃は、近くにあったんですか?
前田監督 畑は2箇所ありまして、(大学から)歩いて20分くらいの所と、電車を乗り継いで片道千円くらい掛かる青梅まで通っていました。そこに朝9時に集合させられるんですよ、日曜日に(場内笑)……学生が現れた時、私はもう感動しまして(笑)。

MC. 取材はお一人でされてるんですか?
前田監督 そうですね。ほぼ9割が私一人で行って、最後の方はカメラマンに来てもらいました。
MC. テレビ版とは倍くらい長さが違うそうですが、具体的に何が違うんですか?
%e3%82%b5%e3%83%96%ef%bc%88%e9%9b%9b%e3%81%8b%e3%82%89%e8%82%b2%e3%81%a6%e3%81%9f%e7%83%8f%e9%aa%a8%e9%b6%8f%ef%bc%89前田監督 テレビ版は、時間の無さがありました。1月の半ばにカレーを食べて、2月には放送してるので。何が見所か決めて作っていく中で、基本的には“生命の物語”っぽくなっちゃったんですよね。それが悔まれまして、カレーライスにあるもっと色々なことを盛り込めないかと思って作っています。そこが一番の違いかなと、自分では思っています。後、両方観てくださった方からは、学生さんの表情が非常に良くなったと言われます。

MC. 9ヶ月間付き合われて、憧れの関野さんの印象は如何ですか?
前田監督 凄く変わりました。何と言うか、とんでもない人ですし……端的に語り辛いんですけど、本当に刺激的な方です。昨日もちょっと会って話したら「これからインドネシア語を勉強しようと思うんだよね」って嬉しそうに言ってて……私も、何かやろうかなと思いました(笑)。
MC. 最後に一言いただけますか?
前田監督 この作品は大人向けに作ったんですけど、蓋を開けたら子供さんがたくさん劇場に来てくれて、それが凄く嬉しいです。昨日も幼稚園児が80人団体で来てくれて、劇場が訳の分からないほど賑やかで面白かったです(場内笑)。

_1120857その後ロビーで開催されたサイン会では、小学生から高齢の方まで劇場では珍しい程の幅広い年齢層の観客が列を作り、思い思いの感想を前田監督にぶつけていた。

たった一皿の料理を生み出すのに必要だった、途方もない期間、夥しい人数、想像以上の手間、様々な葛藤、そして、計り知れない数の生命――。
関野吉晴教授が受講生に提供したのは、人間が生きていく上で必要な大いなる思索の切っ掛けである。
そして、そんな掛け替えのない時間を、『カレーライスを一から作る』は濃密に再現してくれる。映画の力は時に“創造主”たる監督の想像を凌駕し、劇場の暗闇は今日も“佳き生徒”を生み出し続けているのだ。

取材:高橋アツシ

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