若き想いに触れる日。『人魚に会える日。』鑑賞記


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2016年4月2日、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)の座席を埋め尽くした観客は、『人魚に会える日。』公開初日を大きな拍手で歓迎した。
舞台挨拶に立った仲村颯悟監督は沖縄生まれの新鋭で、監督だけでなく撮影、編集、脚本と一人四役をこなす俊才だ。弱冠20歳にして劇場公開長編はもう2作目と言う、北野武監督も認めた日本映画界期待の星である。

――監督は13歳の時『やぎの冒険』(2010年/84分)でデビューされて、それから5年後にこの映画を撮られました。何故5年空いたのか教えていただけますか?

仲村颯悟監督 『やぎの冒険』はシネマスコーレさんでも6年前公開したんですが、その時の反響が大きすぎたのもあり、中学生ながらに怖いなって思ったんですね。高校の間もずっと映画を撮らず過ごして来たんですが、僕が大学生になった2年前はじめて東京にやってきて、僕らが内側で見ていた沖縄と関東の人が語る沖縄の間にこんなにも差があるんだと衝撃を受けたんです。自分たちが何を見て、何を思ってきたのか……僕らの世代の沖縄の人たちの想いをどうにか伝えたくて、この映画を制作しました。
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――『やぎの冒険』の時、嫌な思いもされたのではないですか?

仲村監督 そこ、探ります(笑)?『やぎの冒険』を観てくれた方から「これは中学生が撮ってないだろう」と言われたりしたんです。今だったら「そんなに凄い作品でしたかね?」って解釈できるんですけど(笑)、あの時は中学生でまだまだ心が幼かったので、凄くショックだったんです……「こんなにも頑張って撮ったのに、こんなことを何で言われなきゃならないんだ」って。小学生の頃から自主制作で何本か撮ってたんですけど、映画制作は楽しいことだけじゃなく辛いこともあると、その当時は落ち込んでたんです。今回スタッフは最初から最後まで僕と同世代のスタッフがやってるんですけど、それは『やぎの冒険』の時の経験を生かして(笑)、「どうせ大学生だから」って言われないように心掛けてやっています。この映画は“大人も関わった”と言う事になると、基地の話も入ってますし政治的な見方をされてしまうので……僕らの想いを率直に伝えるには、同世代の子たちだけで作ることに意味があると考えたんです。ただ、撮影が始まるとカメラや音声の機材を初めて触る子もいたりして、凄く大変でした。僕も一度映画を撮ったとは言え、スタッフはプロの方でしたので技術的なことは分からない部分が沢山あったんです。そう言ったところは逆に、出てる俳優さんが教えてくれることが現場で何度もありました。出演者の方たちは皆沖縄で活躍されてる俳優さんやタレントさん、アーティストさんだったので。

『人魚に会える日。』Story:
沖縄の高校教師・良太(知念臣悟)は、2週間前から不登校になっている結介(木村海良)のことを心配している。結介の友達・裕人(平良優大)ルーム長のユメ(儀間果南)を伴い家庭訪問をしたところ、結介は中学の頃ジュゴンの映画を制作していたことを知る。
後輩の剛志(山城智二)・健一(仲座健太)に連れられジュゴンを探すため辺野座の海に来た良太は、運転していた車に嫌がらせをされた上、どこか様子のおかしい地元住民・金城(津波信一)に会う。
結介の後を追って米軍基地の移転先・辺野座に来たユメと裕人は、テント暮らしをする謎の女性(Cocco)と出会い、ジュゴンは神の使いだと聞かされる。
基地問題、自然保護、土着信仰……今まで目を瞑っていたことに気付いてしまった時、日常は全く違った様相を見せ始める――。

――Coccoさんが出演されていますね

仲村監督 Coccoさんとは『やぎの冒険』の時に主題歌を書いてくださった時から凄く仲良くさせて頂いていて、映画を撮っていない高校生の間も交流させて頂いていたんです。今回の作品を撮る時、シナリオを送って出演をお願いしたら、すぐに「出るー!」って言ってくださって(笑)。『人魚に会える日。』も、Coccoさんが考えてくれたタイトルなんです。

――東京に出られて『人魚に会える日。』を撮るに至った心境の変化を具体的に教えていただけますか?

仲村監督 一番のきっかけになったのは、6月23日の【慰霊の日】です。沖縄戦が事実上終結したと言われてる日なんですが、沖縄では学校も仕事も休みで一日平和について考える日なんです。僕は2014年の関東で、皆その日を知らないことに驚いて……この映画を撮ろうと決心したのは、2014年6月23日です。それまでも沖縄と関東はこれほど違うんだと驚いてはいたんですけれど、自分たちの想いを今だからこそ伝えなきゃいけないと、その日に思いました。

――公開された時も、沖縄と関東では差があったのでは?

仲村監督 2月に先行公開した沖縄では、皆「あ、そうだよね」と意外にも腑に落ちてる感じだったんです。観終わったお客様の感想に「抱えつつもどう表現して良いか分からなくて言ってこなかった」と言う想いが込められてました。東京のお客様の声も印象深かったです。3月に樹木希林さんを迎えてのトークショーの時、関東のお客様の声を聞いたら、皆凄く衝撃を受けていて。劇場から涙を流して出てこられる方が凄く多くて……沖縄だけの上映に留まるんじゃなく、これから先どんな苦しいことがあっても、自分たちがこの映画を撮った意味、自分たちの沖縄で育った想いを全国各地で伝えて行きたいと決心しました。

――世代によって感想は変わりますか?

仲村監督 そうなんです。沖縄でも、基地があるのが当たり前なのが僕たちの世代、沖縄が日本に復帰する前を知っている僕らのお父さんお母さんの世代、実際に戦争を経験しているお祖父ちゃんお祖母ちゃんの世代……沖縄の基地に対する思いも、世代によって様々な所があります。『人魚に会える日。』を観て、お祖父ちゃんお祖母ちゃんは凄く驚いていて……「今の若者は、そう言う沖縄で過ごしてるんだ」って。
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――ホラー演出もありましたが、普段はどんな映画を観られるんですか?

仲村監督 ホラーは大好きで、これまでの作品の中でもホラーっぽいテイストは入り混じってたりするんです。僕らの想いだったり基地の問題だったり固い話に思われがちなんですけれど、僕らと同じような世代にも届けるには映画はエンターテイメント、娯楽だと思ったので……『人魚に会える日。』は、ホラー・ファンタジーに仕立てました(笑)。

「え、“ホラー・ファンタジー”!?」……公式サイトや予告編を見て作品に思いを馳せている映画ファンは、仲村監督の言葉を聞いて面食らったであろう。また、『人魚に会える日。』を鑑賞し終えた観客ですら、面食らう向きもあるだろう。
『人魚に会える日。』は観る者によって、十人十色、百者百様、千差万別の印象を持つ、“鏡”のような映画である。

真実を目指すには、事実に触れるといい。
事実の一端を覗くのに、打って付けの道標がある。それが、『人魚に会える日。』だ。
そして、真理に辿り着くには、心を開くといい。
頭で考え、胸で感じるのに、打って付けの場所がある。それが、映画館だ。

初めて知ることになる若きウチナーンチュの想いが、初めて目にすることになる若き映画人の手法で形作られた――
『人魚に会える日。』とは、そんな作品である。

取材 高橋アツシ

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