五色の短冊 かわいくかわった『おんなのこきらい』鑑賞記
五色の短冊 かわいくかわった ――『おんなのこきらい』鑑賞記――
夕立が暑気払いした空気の意外な涼しさに、異常気象が囁かれるこの国にも旧き諺が未だ活きていることを感じた。彼岸明け――2014年8月17日の名古屋は夏の終わりを感じさせる風が吹く宵であったが、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)は往く夏を呼び戻すかのような熱気に包まれていた。
この日20:00からのレイトショーは、『Moosic LAB 2014』のDプログラム。
『これは僕がアカシックというバンドを撮ったドキュメンタリーである。』(監督:横山真哉/50分)
『おんなのこきらい』(監督:加藤綾佳/68分)の2作品で、『おんなのこきらい』から加藤綾佳監督・木口健太さん(高山幸太役)が舞台挨拶に来てくれたのだ。雨上がりのシネマスコーレ前は、黒山の人集りが出来た。
「『先生を流産させる会』(監督:内藤瑛亮/2011年/62分)って言う作品のスタッフをやってまして、舞台挨拶に同行してちょうど2年前シネマスコーレに来たことがありました。七夕の時季で入り口に笹が飾ってあったので、「次は自分の作品で来たいです」って書いて。2年越しに夢が叶ったので、凄く嬉しいです」
加藤綾佳監督は登壇すると、そう話し始めた。
加藤 「『先生を流産させる会』でシネマスコーレに来た時、『Moosic LAB』プロデューサーの直井卓俊(SPOTTED PRODUCTIONS代表)さんに初めてお会いしました。舞台挨拶が終わって帰ろうとしたんですけど、駐車場のバーが壊れて車が出れなくなって…(出演者の)子供たちは遅いからタクシーでホテルに帰して、直井さんと車の中で30分くらい初対面で話す時間が出来たんです。で、「『Moosic LAB』を撮りたいです!」と。…ここで話すと、「ネタ作ってんじゃないか?」って言われそうなんですけど(笑)」
『おんなのこきらい』story:和泉キリコ(森川 葵)は、“かわいい”至上主義。自らを“かわいい”と自覚する女の子の心象をポップユニット『ふぇのたす』がキャッチーに歌いあげ、いつしかキリコの日常とリンクする。
大浦奈都子(司会進行:シネマスコーレ・スタッフ) 「何故このテーマにしようと思ったんですか?」
加藤 「自分のことを本当に“かわいい”と思ってる性格が悪い女の子って、あんまり映画で無いなって思ったんですよ。ふぇのたすってミュージシャンを見付けた時に曲の雰囲気が合ってると思って、歌詞を参考に脚本を書いて一本の話になりました。企画自体が先にあって、ふぇのたすの曲がそれを完成させていった感じですね」
“かわいい”は、便利だ。仕事もプライベートも、上手くいくに越したことは無い。
職場の同性に嫌われようが、チヤホヤしてくれる人がいるから大丈夫。なんせ男たちは、かわいいキリコが大好きなんだから。
大浦 「シナリオを書く段階で木口さんは当て書きだったと聞きましたが?」
加藤 「別の作品のオーディションで知り合う切欠があって、過去に10分くらいの短編(『キラキラ』/2013年)に出てもらったんです。今回シナリオ書いてる時に、気付いたら当て書きを(笑)」
木口健太 「当て書きって言ってましたっけ?最初言われてなかったですよね。僕、加藤さんの作品は全部観てるんですが、シナリオを読んで「コイツだけおかしいぞ」と。今まで(の加藤監督作品)に無かったキャラなんで、何でなんだろうと思ったんですけど…読んでて「僕が演りたかったのってこう言う役だな」って思ったんです。僕が(キャストで)一番最初に決まってて、加藤さんと前にもやってるんで、今回加藤さん(の作品)の中で本当に一番良い物にしないと僕が出る意味無いなと思いました。…で、調子こいて脚本とかに一杯口出しして(場内笑)。語尾とか胡散臭いとこ一杯あったんですよ…普段の話し口調で演れたらいいなと思って、ずっと話し合いしてました」
“かわいい”は、武器だ。だから、ここぞと言う時に使う。キリコは、恋に一途だ。
キリコは、バーテンダー・ユウト(谷 啓吾)に想いを寄せている。ケンジ(松澤 匠)に代わり店で働き出したさやか(井上早紀)の存在が気に掛かるが、大丈夫。だって、キリコの方がずっと、かわいい。
大浦 「この作品って男性・女性で観方が分かれると思うんですが、お二人の中で議論はありませんでしたか?」
加藤 「私が作りたいキャラクターって言うのを凄く解ってくれていたので、そう言う意味での意見の食い違いは無かったですね」
木口 「そうですね。むしろ、スタッフの方とかが、「こんなヤツ居ねえよ!」って(笑)」
加藤 「そうなんですよ(笑)。こんな映画なんですけど、超男所帯で…ほぼ女性スタッフは居なくて、メイクさんすら男みたいな現場だったんですよ」
木口 「「このホン(脚本)詰まんねぇ!」とか言われてましたもんね(笑)」
加藤 「脚本だけ読むと、ある意味少女マンガっぽかったので…「え、これで撮んの?」みたいなことを言われてて(笑)」
木口 「逆に、僕は肯定的だったんですよね。「こう言うヤツ居るから、大丈夫だよ」って」
加藤 「恐らく他の人たちが予想してなかった演出の仕方を私はしてたので…現場で「もっと少女マンガ少女マンガした映画かと思ったら、こんな暗い話なの!?」って、スタッフが撮影当日に驚きだしたりとか(笑)」
“かわいい”が信条の女の子に、「可愛いね」は禁句。聞き慣れていたとしても、“かわいい”は彼女にとって最上級の賛辞なのだ。最高の褒め言葉をくれた相手の裏切りを、キリコが許せるはずはない。たとえ、それが後輩・茜(加弥乃)の恋人だったとしても。
加藤 「色んな性格の人が出てくるので…。女の子で言えば、それぞれ違う面倒臭さの女の子たちが何人も出てきて…男の人で言えば、それぞれ違うクズさが出てくる(笑)…自分が色んな人に会ってく中で、そんな映画になったのかな、と思います」
大浦 「森川さん演じるキリコはかなり特殊なキャラクターですが、監督自身が投影された所はありますか?」
加藤 「私は工業高校に通っていて、クラス40人中で女子2人くらい…その後行った映画の学校も、同じような男女比率で…あんまり女性と接する機会が無かったから、女の子が苦手だったんです。キリコも女の子の友達は居ないけど、男の人でちょっと自分のことを分かってくれる人が出てきた時に話せるようになる…そんな設定は、そう言う所からかも知れないですね(笑)」
ある日キリコは、初対面のクリエイター・高山幸太(木口健太)に苦言を呈される。見た目だけに拘ったデザインでは、外見は“かわいい”けど素材が“かわいそう”だと。キリコの“かわいい”が通用しないのは、どうやら幸太の過去に原因があるようだ。キリコの“かわいい”至上主義は変わるのか、それとも――。
大浦 「木口さんは、キリコみたいなキャラクターは如何ですか?」
木口 「幸太は「こう言うヤツ居る」って分かるんですけど、キリコに関しては居るのかどうかさえ分からないんです。でも、キリコ有りきの映画で、ここを疑ってたら仕様がない…キリコに対する疑問を抱いちゃうってことは、作品全体に疑問を抱くのと一緒なので。で、分かんなかったんですけど…撮影終わった後、森川さんと喋ってて、「ああ…居た!」と思いましたね(笑)」
加藤 「ああ…キリコでしたねぇ(笑)。森川さん自身は「私、可愛いんで!」って感じじゃなく、私が現場で「葵ちゃん、可愛い、可愛い」って言ってると「えっ?えっ?」ってなってるような子なんですけど…でも、やっぱりキリコだったんですよね、説明できないんですけど。撮影の3日目くらいから、彼女が思うキリコを持ってきて「これどうですかね?」ってなっていって…いつの間にか私の作ったキャラクターを彼女に預けて、彼女の方が内に持ってたって感じでしたね。可愛いってことが絶対条件でキャスティングしたんですが、彼女は可愛いだけじゃなく凄いものを持ってたんです」
『おんなのこきらい』は、『QOQ』(監督:黒田将史/64分)と並び『Moosic LAB 2014』の準グランプリ作品である。今年はグランプリが“該当作なし”だったため、実質頂点を極めた作品と言うことになる。更に、森川さんは最優秀女優賞を、木口さんは男優賞をそれぞれ受賞している。観客の評判もすこぶる好く、今後新たな展望が予定されている。
大浦 「この『おんなのこきらい』、一本興行で上映が決まったんですよね?」
加藤 「そうなんです。今回『Moosic LAB』では尺の関係でシーンを落としたり切ったりしてたんですけど、ディレクターズカット版の一本でやらないかって東京の某映画館さんからお話を頂きまして、今後展開していく予定です。『Moosic』じゃなく自由な完成度って意味では、更に映画として面白い物にしたいですね」
『Moosic LAB』の枠を出て、大きく羽ばたく『おんなのこきらい』。“ディレクターズカット版”が如何なる作品になるのか、今後の発表に目が離せない。七夕の短冊に書いた二年越しの夢は、加藤綾佳監督自らの手でもっともっと大きな夢に書き換えられようとしている。
“おんなのこ”で居ることが“きらい”な貴女は、
“おんなのこ”を頑張りすぎて“きらい”になりそうな貴女は、
“おんなのこ”を“きらい”になれない貴方は、
『おんなのこきらい』が、きらいじゃないはずだ。
取材 高橋アツシ
『Moosic LAB 2014』公式:http://www.moosic-lab.com/
シネマスコーレ公式:http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/home.htm