型破りで達観した熱帯低気圧-『したまちコメディ大賞2013』鑑賞記


型破りで達観した熱帯低気圧--『したまちコメディ大賞2013』鑑賞記--

49年ぶりの記録更新と大型台風に日本中が悲喜交々した2013年9月15日、東京都台東区の浅草公会堂に集まった人々は、若き才能に驚愕していた。この日行われていたのは、『したまちコメディ大賞2013』。「第6回したまちコメディ映画祭in台東」の短編コンペティションである。したまちコメディ大賞のレギュレーションは極めてシンプルだ。条件は、“20分以内のオリジナル・コメディ作品”であること。

全国より集った短編コメディから選りすぐられた精鋭作の上映、審査、表彰を執り行う「したコメ」の名物企画は、今年も大いに盛り上がった。第5回目と言う節目を迎えることもあり、審査員の一人を危うく遅刻させそうになった台風の接近にも拘わらず、開場10時の2時間前には浅草公会堂の前に長蛇の列が出来ていた。応募総数209本から最終選考にノミネートされた10本に、若い才能の発掘を目的として2011年より新設された「U-25特別枠」より2本の計12本がコンペ部門として上映され、“塗って歌って踊るコメディ映画監督”小林でび監督の『ギャラクティカ同棲時代★キッキとチェリリン』が招待作品として上映されるとあって、生憎の空模様を物ともしない映画ファンの期待が会場のシートに溢れていた。

以下、綺羅星の如き13作品を上映順に紹介し、登壇された監督のコメントを添えることにする。

『ゆびわのひみつ』(2012年/16分/監督:谷口雄一郎)taniguchi
水本知子と進藤健二は同棲して早数年。ある日、知子は仕事先の進藤から「忘れ物を 探して欲しい」との電話を受ける。忘れ物を探す知子。しかし、知子は忘れ物の代わ りに”あるもの”を見つけてしまう…
谷口雄一郎監督 (審査員みうらじゅん氏に「劇中の鞄は吉田カバンですか?」と問われ)「そうです、吉田カバンです。実は今日、(吉田カバンの)リュックも背負ってきてます。リペアして使ってます」※谷口監督はこの遣り取りを痛く気に入っていたので、敢えてこの場面を再現※

『なめくじ劇場 ザ・ムービーtake2.22』<オムニバス映画>
(2013年/18分33秒/監督:松村慎也)
①「夫婦~めおと~」ふとしたことでズレていく夫婦の関係。
②「いちゃ」噛みまくる医者の残念な話。
③「アウト園児」アウトな園児の一大抗争。
松村慎也監督 (審査員内田けんじ監督の「役者が上手いけど、どう言った関係の方を?」との質問に)「主に劇団で活動してたり、映像関係やナレーションをやられている方々に出演して頂いております」

『おっさんスケボー』(2012年/4分20秒/監督:新井健市)
スケボーの練習をしている若い男の前に、スケボーを売ってくれと理不尽にせがむおっさんが現れる。なぜ、おっさんはスケボーを売ってくれとせがむのか!?
新井健市監督 (同じ質問に対して)「自分も舞台をやられてる方とか、フリーで役者をやってる方とかに、いつも出演してもらってます」

『ネオ桃太郎』(2013年/19分58秒/監督:小田学)
大学生の映画サークルのお話。
小田学監督(同上) 「自分で劇団をやってるので、それの人とか、その周りの人とか(に出演してもらってます)」kataoka

『なんにもでてこない話』(2012年/20分/監督:片岡翔)
「あの映画の、あの俳優名前なんだっけ?」「どの映画?」「ほら、あの…」「誰?」どんなに思い返しても名前が出てこない経験は、歳ともに増えてくる。そんな人生の悲哀を描いた男と女の物語。
片岡翔監督 (審査員いとうせいこう氏「リハは結構重ねたんですか?」に対して)「リハはやりましたけど、ほとんど自由です。上手い役者さんにお願いしたので。凄く長回しなんで無茶振りの状態だったんですけど」

『通勤ラッシャーズ』(2013年/9分8秒/監督:野中晶史)
朝の眠気に耐えながら会社へ向かい、夜のヘトヘトに耐えながら家に帰るサラリーマン。彼らは通勤ラッシュのプロフェッショナル、「通勤ラッシャーズ」だ!
野中晶史監督 (いとうせいこう氏「(劇中の)羊はどんなイメージで?」に対し)「通勤ラッシュで詰め込まれている時は石になっているんですけど、そこからの開放感みたいなものを自分の中で羊に譬えてます」

『もしもし、詐欺ですけど』(2013年/14分58秒/監督:後藤庸介)
追突事故を起こしてしまったリョータは、ヤクザに示談金を要求される。実家に電話をしてお金の用意を頼むリョータだが、母・その子の返事は「あなたがあなたである証拠は?」
後藤庸介監督 (いとう氏「脚本は結構叩いてる…人と話し合って作ってるんですか?」に対し)「そうですね、撮影当日になるまで、スタッフと一緒に磨き上げた感じです」

『イメージクラブ』(2013年/16分44秒/監督:吉田衣里)
家族にも見捨てられそうなウダツのあがらぬ男が、ある夜、通りがかりに見つけたイメクラに立ち寄る。しかしそこは普通のイメクラではなかった…。
吉田衣里監督 (いとう氏「主役の人は役者ですか、チンピラですか?」に対し)「役者です(笑)元ネタは過去に舞台でやったんですけれど、それとはまた変えてあります」

『おとなになりたくて』(2013年/19分50秒/監督:黒田将史)
中2になりたての「まー坊」と「たもつ」。不良におちょくられ、見返すために、背伸びをして悪いことをしようと企むが・・・。
黒田将史監督 (内田けんじ監督「撮影日数はどのくらいですか?」との質問に)「スケジュールがちょっと合わなくて、撮影日数は4日なんですけど、完成までには一ヶ月くらい掛かりました」

『Frill』※U-25特別枠※(2012年/7分/監督:久保有紗・佐藤真美子)
自らの姿に自信をなくし、砂漠をさまよった末、たどりついたある一軒家。そこで、主人公は不思議な体験をする…。
佐藤真美子監督 (内田監督の同じ質問に)「7分といちばん短いんですけど、制作期間は一年間掛かりました」、(いとうせいこう氏「監督はおいくつですか?」の質問に)「22歳です」
久保有紗監督(同上) 「私は21です。学年は一緒です」

『ナツメグ』※U-25特別枠※(2012年/19分30秒/監督:小田憲和)
2012年7月11日。オカルト研究会の仲間たちは、瀬賀先輩の遺品の中にあった、”割ったら時間が戻る”という時間を司る不思議な像の力を実証してみることに…。
小田憲和監督 (内田けんじ監督の撮影日数の質問に)「撮影期間は3日間で、制作期間は1ヶ月です」

『おめん』<「したまちコメディ大賞2012」U-25特別賞 シード作品>
(2013年/20分/監督:西本真希子・吐山(はやま)由美)
15歳の少年・よしまさと喫茶店の店主が、あるお面をきっかけに出会い、そこから奇妙な友情ストーリーが始まる…。
西本真希子監督(同上) 「私たちは去年シード権をもらって、去年の『したまちコメディ映画祭』が終わった時点で出ることを決めてたので何を撮るかって言う構想はそこからなんですけど、撮影自体は1週間くらいで撮りました」
吐山由美監督 (みうらじゅん氏「天狗とかのシリーズ、今後もやって欲しいですね」に応え)「はい、民俗学シリーズ、やって行きたいと思います」

『ギャラクティカ同棲時代☆キッキとチェリリン』※招待作品※kobayashi
(2013年/33分/脚本/監督:小林でび)
出演:小林でび・小笠原結・天野千尋・蔭山周・山本圭祐・渡猛・いとうせいこう 他 特撮:澤田裕太郎
浅草の街に宇宙人のフォークデュオがあらわれた!宇宙人カップルの明日はどっちだ!?
小林でび監督 この審査の時間に何か面白いことをしませんか?と言う話を頂いて、ここで出会った監督たちが沢山いるじゃないですか、その人たちと一緒に何かやりたいなって気持ちで始まった作品です」
小笠原結さん(チェリリン役)「浅草って地域と不思議な世界観とが混ざり合うカオスが生まれてるんですけど、なにかホッとするような作品です」

そんな『キッキとチェリリン』は制作陣の熱量が否が応にも伝わってくる力作で、主演の小笠原さんの言うように何処かほっこりする温かなハートフル・コメディだった。言うなれば、まさに「したコメ」を体現したような作品だ。さて、観衆がそんな珠玉作で心を暖めている間、審査員は別室にて苦渋の決断をしていたのである。間を置かず、コンペティション部門のグランプリ・準グランプリ、そして観衆の投票による観客賞の発表となった。

準グランプリは、『おっさんスケボー』
新井健市監督 「凄い何かドキドキして上手く言葉が出てこないんですけど、本当にありがとうございました。短い作品なので忘れらてないか心配だったんですけれど、よかったです」

そして…観客賞・グランプリのダブル受賞は、『おとなになりたくて』kuroda
黒田将史監督 「あの、本当に…僕、こんなに観てくれたのが正直いちばん嬉しくて…それをちょっと色んな人に自慢しようと思ってます。この『おとなになりたくて』と言う作品は、自分でもちょっと面白いなって思いまして…家で何回も観てるんですけど(笑)ここで笑うことが出来たのがいちばん嬉しかったです。でも、これよりもっと大きな笑い声が聞きたいので、20分より長い面白いものを絶対作りますんで、その時は皆さん宜しくお願いします。ありがとうございました」

黒田監督は、なんと弱冠20歳なのだそうだ。
グランプリ・観客賞のダブル受賞の上に、受賞最年少と言う快挙に、会場の拍手の渦は途切れることがなかった。

uchida審査員・内田けんじ監督
「『おとなになりたくて』に関しては、この気の抜けた雰囲気を出せると言うのは恐ろしいセンスで…ちょっと末恐ろしい物を感じるくらいです。『おっさんスケボー』は、いちばんパンチ力がありました。他の作品に関しては、この最終審査に残る時点で何かがある作品で、賞を獲るか獲らないかは微妙なところで、試されたのはこちらの(審査員の)4人と言うことで…。個人的には『ネオ桃太郎』の完成度が高い…高すぎてかえって嫌われたかも…そんなセンスを感じました」

同・佐々木史朗氏
「グランプリと準グランプリは、4人の審査員の間で割りとすんなり決まって行ったかなと思います。4人の中で最後に出てきた言葉に、「私たちは、ちょっと“おじさん好み”し過ぎてるかな」って言うのがちょっとあったんですけどね。フレッシュな作品を観せてくれて、本当にありがとう。彼(黒田監督)なんか二十歳でしょ…私、七十台半ばなんですよ…と言う事は、お祖父ちゃんが孫にお小遣いをあげてるみたいなものだと思いました(笑)」

同・みうらじゅん氏
「『おっさんスケボー』と『おとなになりたくて』は、ジャルジャルvs.笑い飯だと言う感じがしました。彼(黒田監督)は、いつ童貞を捨てたかって言うことだけが気になります…いつぐらいに捨てて、ああ言う達観的な童貞の見方が出来るようになったのか…。“童貞映画”としては新しい人が出てきたな、と思いました」

ito同・いとうせいこう氏(『したまちコメディ映画祭』総合プロデューサー)
「素晴らしい作品を送ってくださった監督の皆さん、そして観客の皆さん、審査員の皆さん、台東区の皆さん、本当にありがとうございます。 年々レベルが上がっちゃって、こんなに上がっちゃうとここでグランプリ獲るのは本当に大変だってことになると思いますけど、まあ、それで構わないと思っています。その中で黒田監督が弱冠二十歳にしてあれだけの画作り、演出、ストーリー作り、役者の選び方をしていると言う事は、内田監督が仰っている様に末恐ろしいんですけれど、審査をしている時に「上手すぎないか?」と言う声が飛び、そしてみうらさんから「あれは童貞じゃない!」とディスりのようなものまで出ました(笑)型破りな所も一緒に、若さと言う素晴らしい才能がある訳ですから、と共に達観もあると言う…大きな監督になることを期待しています。
「したコメ大賞」では大賞を獲りますと、翌年の全ての映画の前に付く1分程度のアバン・タイトルを必ず作ってもらうことになりますので、黒田監督にはもう既に第2作を作ってもらうことは確定している訳ですが、それ以外にも「したコメ」で2連覇が出来る作品を欲しいと思っていますので、是非宜しくお願い致します。そして、監督の皆さんも素晴らしい作品本当にありがとうございます。どの作品が賞を獲ってもおかしくないレベルだったんで、是非また「したコメ」で戦って頂きたいと思っております。ありがとうございました」

観客の笑顔とは裏腹に、関係者席は一握りの満面の笑みと数え切れない悔し涙の交差点と化していた。熱気冷め遣らぬまま会場を後にすると、数時間前の荒れ模様はどこへやら空は晴れ間を見せていた。接近中の熱帯低気圧に思いを馳せつつ、黒田将史監督の笑顔が脳裏に浮かんだ。
彼はまさしく、台風の目だ。

取材:高橋アツシ

『第6回 したまちコメディ映画祭in台東』(略称:したコメ)
2013年9月13日~9月16日開催!

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