奇妙な味を聞いた夜−−『ユートピアサウンズ』
奇妙な味を聞いた夜
−−『ユートピアサウンズ』鑑賞記−−
『ユートピアサウンズ』を観た。
新鋭、三間旭浩監督が卒業制作として撮りあげた映画は、奇妙な味の作品であった。
老録音技師は、ひとり思い出の地を巡る。
職業柄か“音”を拾う旅のはずが、それは思い出そのものを追体験する道中となる。
家族と離れて暮らす女子中学生は、記念日を友人と過ごす。家庭環境も人間関係も、崩壊寸前である。
5年の結婚生活に疲れた夫婦は、離婚を前に最後の旅行をする。お互いの視線は合わず、会話は噛み合わず、いつしか旅の目的も忘れる。
「こちらに女優さんが来て頂く機会は、あんまり多くなくて…」
レイトショーとは言え、2013年3月6日は水曜日。それにも係わらず座席が埋まっている理由が、司会の第一声となった。名古屋シネマテーク・スタッフの永吉さんは、笑顔だ。
「プロデューサーの諸田創さんから、ある日突然メールが来て…それが、東京藝大の卒業制作への出演のオファーだったんですよね」
なにせ舞台挨拶に登壇したのは、出演者・森下くるみさんであった。
「諸田さんも三間旭浩監督も、キャラクターが何故か私に合ってるって思ったらしく、オーディションするでもなくメールが来て、返信したら次の瞬間から打ち合わせの段階になり(笑)時間が無いってこともあったんですけど、割りとトントントンと事は運びました」
いやいや、“何故か”と思っているのは貴女だけです…と、この日の観客全員が心の中で突っ込みを入れたであろう。森下さん演じる登場人物には、魂も命も宿っていた。“当て書き”かと思ったほどであるが…残念ながら三間監督に話を聞けなかったので、真実の程は定かではない。
「現場自体は4〜5日で撮り切ったんですが、リハーサルもなくて…台本合わせすらしてないんですよ。カメラを回す30分くらい前にようやく科白言い合って…って言う…なんか凄い綱渡りな感じでした(笑)」
果たして、プラン通りのディレクションだったのか…これも機会があったら監督に聞きたいものだ。断言できることは、意識的であろうがなかろうがそれは功を奏していると言うことである。
「もの凄く優柔不断で、三間監督が(笑)ちょいちょい迷ってましたね、「どうしようかな…もう一回やろうかな」みたいな」
それ即ち、拘りの表れだろうか。
繊細に拾い上げてきた音声を、大切に積み上げてきた場面を、映画ファンは大事に反芻する。エンドロールが迫る頃、心の中で今観ている映画を噛み砕き、舌に乗せる。そして、ラストシーンを想像する…咀嚼した作品を、心地好く飲み込みたいのだ。ところが、『ユートピアサウンズ』は一筋縄で行かない。大事に大事に重ねられたシーンの丸呑みを強いるような展開が、観客を待ち受けている。
「ワケわかんないですよね?何も考えてないんじゃないですか、監督は(笑)」
森下さんはそう笑い飛ばしたが、さてさて…如何なのか。
感性のみに頼って撮ったとすれば、監督の凄まじい天才性を感じざるを得ない。
「最初はよかったんですけど、みんな段々イライラしてきて(笑)俳優さんは温和なのでそうでもなかったんですが、スタッフには盛大に叱られてましたね、監督(笑)」
そんな現場の雰囲気も計算され尽くしたものであるとすれば、その若くして稀有な才覚に驚嘆せざるを得ない。
天才的な感性か…悪魔的な計算か…
はたまた、単なる幸運な偶然か…
『ユートピアサウンズ』…あなたは、どんな味を聞くだろうか?
調べてみると、第8回大阪アジアン映画祭にて企画上映が組まれているようだ。
http://www.oaff.jp/2013/program/japan/04.html
三間旭浩監督のティーチインも予定されているので、行かれる方は記者に替わって質問をぶつけてきて欲しい(笑)
三間監督にとって『ユートピアサウンズ』が、文字通り“名刺代りの作品”になったことは間違いない。名古屋シネマテークでの舞台挨拶が急遽森下くるみさんになったのは、新作を撮影中の監督が時間を割けなくなった為と聞いた。また一人、次回作の楽しみな監督が増えた。
取材:高橋アツシ