しぼり、ひろげ、しぼられる『ひかりをあててしぼる』鑑賞記
2006年12月、首都東京のど真ん中、新宿区および渋谷区で起きた死体遺棄事件に、世間は震撼した。
初動捜査では遺体損壊の残虐性から被害者、加害者ともに外国人の犯行と目されていたが、防犯カメラに残された映像は意外な真犯人を示していた。
容疑者の供述が裁判等で明らかになると、事件当事者たちの人となりが徐々に巷間に晒され、世の人々の背筋を一層寒からしむこととなった。
事件は、“新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件”と呼ばれた。
2011年に話題となった演劇は、“新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件”をモチーフとしたフィクションであった。
劇場ではなくマンションの一室を舞台にして上演される演目は、凄惨な事件を恰かも覗き見するようで、公演は盛況を重ねた。
そして2015年、脚本・演出を務めた演出家は、自ら演目の映像化を果たした。
映画『ひかりをあててしぼる』(監督:坂牧良太/83分)は、こうして誕生した。
『ひかりをあててしぼる』ストーリー:
思わず耳目を塞ぎたくなるような凄惨な事件を告げるニュース映像を見つめる恵美(桜井ユキ)の部屋で、インターホンが鳴る。戸口に立つジャケットのフードで頭部を覆った男性は、友人の巧(永山たかし)であった。どこにいたのかと問われた巧は、恵美に質問で返す。「“あの二人”のこと、どこまで知ってた?」
巧を含めた三対三の合コンで知り合った浩平(忍成修吾)と恵美の姉・智美(派谷惠美)は、意気投合し、程なく結婚する。だが恵美は、この急な結婚の原因が智美の妊娠によるものだとは知らなかった。知らなかったのも当然で、智美は秘密裏に堕胎していたのだ。法律事務所で働いているという経歴は真っ赤な嘘で、浩平はまともな仕事にすら就いていなかったのだ。
浩平は、智美の虚栄心を満たすためにも、必死で理想の夫となるよう努力する。外資系の会社に就職し、二人が暮らす高級マンションに相応しい収入を得るようになる。しかし、エリートと美女という人が羨む理想の夫婦は、周囲の人間には窺い知れない闇を抱えているのだった――。
2017年3月25日(土)は、『ひかりをあててしぼる』東海地区の公開初日であった。坂牧良太監督と主演・智美役の派谷惠美が駆け付けた名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)には、大勢の映画ファンが列を作った。
坂牧良太監督 智美が、名古屋に初上陸ということで……
派谷惠美 来たーー!……こんばんは(笑)
坂牧監督 『ひかりをあててしぼる』という作品は東京・渋谷という街で起きた事件をモチーフにした映画なんですけど、仙台に続き地方では2回目の上映になります。東京での上映とはまた違った観方をしてもらえるんじゃないかなと思います。派谷さん、名古屋は久しぶりなんでしたっけ?
派谷 そうですね……2年ぶり、かな?以前『くらげとあの娘』(監督:宮田宗吉/2014年/107分)という凄くほのぼのとした楽しい作品で来させていただいたんですが、今回はガラッと作風が変わった映画で……皆さん、まだ観てないですけど(笑)……
坂牧監督 “ほのぼの”とはしてないですね(笑)
坂牧監督 上映前ですけど、観どころはどこですかね?
派谷 監督が言うことを取っちゃうかもしれないですが(笑)……監督がずっと仰ってることなんですけど、この作品は凄く役者の顔と身体を撮った作品なんだ、と。凄くスクリーンで観るのが良い映画だと、私も思っています。主要キャスト4名の表情とか、身体の動きを良く撮ってくれている作品なので、そこを観ていただけたらと思います
坂牧監督 『ひかりをあててしぼる』は“ワンシチュエーションもの”と呼ばれる映画で、ほぼマンションの一室で繰り広げられる物語なので、撮る場所が少ない訳です。だから割り切った考えとして、やっぱり役者の顔を……今回、特に特徴のある顔……って言ったら失礼なんですけど(笑)、そんな役者が揃ったので、顔と身体を撮っていこうというのは当初からあったんです。笑顔でいる派谷さんを撮っていこうというのは、今回の作品のキーポイントですからね。今(派谷さんは)笑ってるじゃないですか?でも、観終わって劇場を出る頃には、引きずる笑顔になりますからね
派谷 最初、渋谷(ユーロスペース)で公開したんですけど、その時は上映後にトークショーをしていたんです。私は沢山の方に観ていただいて、毎日皆さんにお会いできて嬉しいなと思ってニコニコしてるんですけど……観た後のお客様が、私が笑ってるのが「怖い」とか「気持ち悪い」とかTwitterに書くんですよね(笑)
坂牧監督 ゲストの監督さん達も女優さんを前にして、皆「気持ち悪い!」「怖い!」って(笑)……今はこんな可愛らしい笑顔なんですけどね。
派谷 皆さんも観ていただくと、この笑い方の捉え方が変わるんじゃないかと(笑)……
坂牧監督 トラウマになるんじゃないですかね(笑)?
坂牧監督 取材の時、「この女の人(智美)って、何なんですか?」って言われて、派谷さんが「出会わなくて良いタイプの人間ですよ」って言ってましたね
派谷 そうですね
坂牧監督 人間って、出会いじゃないですか。“出会ってしまったから、結果として”っていうのも、映画に込められているテーマなんです。自分が生きてて、どういうタイミングで何が訪れるかなんて分からないじゃないですか。そんな中で、この作品の智美の笑顔というのは“ある衝動”を誘発させるものにはなってると思います。智美を演じてくれた派谷さんにそんな素養があるかは分からないですが、“出会っちゃいけない女性”リストのNo.1に入るようなキャラクターではありますね
派谷 ……智美が?
坂牧監督 智美が、ですよ(笑)。どうですか、そんな女性を演じてみて?
派谷 東京でやった時、忍成(修吾)さんや永山(たかし)さんともトークしたんですが、お二人に「智美みたいな女性をどう思う?」って聞いたら、結構ボロクソに言われたんです……「絶対嫌だ!」って。役とはいえ、私ガッカリしちゃって(笑)
坂牧監督 劇中で桜井ユキさんが演じる、智美の妹の恵美というキャラクターが出てくるんですけど、「どちらが良いですか?」って永山くんと忍成さんに聞いたら……
派谷 「断然、恵美だよ!」って(笑)
坂牧監督 女優さんの前で言っちゃうんだと思いました(笑)
派谷 自分の演じたキャラクターは皆に愛されると良いなと思うんですけど、中々愛されない……愛しがたい女性かなとも思います。……それをこれから、皆さんにご覧いただくんですが(笑)……
坂牧監督 難しいんですよね、上映前だから皆さん何を言ってるのか分からないと思いますが……
派谷 でも、観た後に喋るっても、皆さん“ドーン”ってなってるので(笑)
坂牧監督 そうですね、観る前にちょっとでも空気を和らげようと必死になってるのもありますね(笑)。笑って劇場を後にできる映画では決してないので。ただ、手前味噌ですが、この映画はタブロイド・ウィッチ・アワード(2016 Tabloid Witch Awards)でホラー映画賞(Best Horror Feature Film)を獲ったんですよね。そして、派谷さんは女優賞(Best Actress)を。アメリカの方にそういう風に捉えていただいたのは本当に凄いことだと思うんですけど、じゃあ日本の方はどうかというと違った印象を持たれるような多面性のある映画だと思います。
坂牧監督 皆さん、男女問わず色んな人と出会うと思います。永山くんが言っていたんですが、「選ばれる人と選ばれない人の話である」っていうのは凄く腑に落ちるところがあります。“出会えたのは奇蹟”みたいなことをよく言いますが、その裏には選ばれなかった人がいるじゃないですか。この作品は、“選ばれる方と選ばれない方の繰り返しの話”と思って観ていただけると、ちょっと観方も深くなるかなと思います。あと、『ひかりをあててしぼる』の意味をよく尋ねられるんですが、これは智美の女性像を再現したタイトルなんです。映画の内容を観ていただき、それについても考えていただけたらと思います。なんで光が当たってもそれが絞られてしまうのか、興味を持って観ていただけたら嬉しいです。こうして楽しげに話していますけど、本当は感謝の気持ちで一杯です。映画は、広がってなんぼだと思っています
“絞る”とは、“選ぶ”ことなのかもしれない。
私たちは、日々“選ぶ”(もしくは、“選ばない”)ことを繰り返す。そして、選んだ結果に満足したなら、それは“広がる”のだ。
“選ばれる人と選ばれない人の話”『ひかりをあててしぼる』は、多くの映画ファンに選ばれ、大きく広がったのである。
“笑って劇場を後にできない映画”に、あなたは何を見出すのか……先ずは『ひかりをあててしぼる』を選んでほしい。
選ばなければ、始まらない――それは、映画の本質であるし、人生の真理そのものである。
取材・文 高橋アツシ
『ひかりをあててしぼる』公式サイト
http://hikariwo.tokyo