カラダの中で起こる少しの変化。『いしぶみ』是枝裕和監督インタビュー
かつて、ここには子どもたちの笑顔があった。かつて、ここには子どもたちの夢があった。
ある日、それは一瞬にしてなくなった。
『海街diary』の是枝裕和監督と綾瀬はるかが再タッグを組み、1969年に広島テレビが制作した原爆ドキュメンタリー「碑」をよみがえらせた本作品。
2015年に同局が戦後70周年特別番組として制作・放送した「いしぶみ 忘れない。あなたたちのことを」を劇場用に再編集。昭和20年8月6日、広島市の中心部を流れる本川の土手で建物の解体作業にあたっていた旧制広島二中の1年生321人は、わずか500メートル先に投下された原子爆弾で全員が命を奪われた。遺族の手記に残された彼らの最後の言動を、広島県出身である綾瀬はるかが切々と読み上げ、ジャーナリストの池上彰が遺族や関係者らの言葉に耳を傾け、今もなお、終わらない物語の続きを伝えていく。今回は是枝裕和監督にドキュメンタリー映画『いしぶみ』、そして「戦争」との向き合い方について教えていただきました。
Q:初めに「戦争」と聞いて、思い浮かぶのはどんなイメージですか?
是枝監督:ピカソのゲルニカ
-逆に「平和」と聞いて思い浮かぶものはなんですか?
是枝監督:シャガール
-そのふたつが浮かぶきっかけは、何かあったのでしょうか?
是枝監督:や、パッと思い浮かびました(笑)。
Q:パッと思い浮かぶ「戦争体験」はどんなものがありますか?
是枝監督:母親が昔からよくいっていた「東京大空襲」。「夜の東京の街に焼夷弾が降って、空がこう明るくなっていく」という、子どもの時のその話は覚えています。
-それは大人になってから、何かしらの映像をみられましたか?
是枝監督:みました。それは白黒のニュースフィルムだったけど、多分NHKかなんかでみていると思います。母親から聞いていた話は子どもの頃だから、そんなに悲壮感もなにもないし、もっと綺麗なもので、花火みたいですね。実際に映像でみたときは、そのことに関してあまり現実感がある訳じゃない。後は父親が「シベリア抑留」を経験しているので、「戦争」というと、母親から聞いた「東京大空襲」と、父親から聞いた「シベリアの強制労働」というふたつ。だからどちらも被害体験なんですよね。
Q:加害者側の体験を知りたいと思ったのは、どんなきっかけからでしょうか?
是枝監督:もちろん原爆の体験者が、被害体験を語り継ぐ大切さは十分承知しています。けれども、ただ広島・長崎の被害だけを語ることは、日本国内では許されるけれど、国際的にみた場合、きちんとあの戦争の日本の加害の部分も含めて語っていかないといけないと思いました。要するに自らの手で相対化していかないと、普遍的な負の共有財産にならないなっていうのは感じていました。やっぱりきちんと、あの戦争の加害性というものを自分たちで語っていくべきだと思っていたから、そういう意味でいうと「ヒロシマ」を語るというのは、僕のすることではないと思っていました。だからもし、こういう題材をやるのであれば、色々な形で被害を語る時に、その被害だけを語るのではなく、相対化をすべきだと思ったから、日本の戦争に対する加害の部分で広げるのか、落とした側の、要するにアメリカ側の論理をきちんと取材をするのか、落とされて日本が敗戦をむかえたことによって解放された人たちの話を加えてゆくのか、どれかによって、原爆の被害を相対化する必要があるという風に考えていました。
Q:作品をみて、生きている内に「いしぶみ」に触れる機会を作らなければと強く思ったのですが、是枝監督の『いしぶみ』との初めの出会いはどんなものでしたか?
是枝監督:きっかけは橋本さん(本作プロデューサー)から見てくれないかといわれて、一昨年の暮れにオリジナルのDVDを見せてもらったのが最初ですね。
-一番最初の印象はどんなものでしたか?
是枝監督:六十年代とはいえ、これだけ果敢に、よくこんなストイックなものを放送したなっていう、リスペクトな気持ちですね。
-リメイクする上で、どんなところにリスペクトを込めましたか?
是枝監督:そのストイックさを緩くしないで、より研ぎ澄ましていく方向で、どういう風に番組が出来るかという考えでした。
Q:「どうして生き残ってしまったのか」という言葉がとても印象に残っていて、その後ろめたさというのは、戦争の体験だけに問わず、大なり小なり色々な人が抱えているものだと思います。そこに、どのように向き合っていくべきだと思いますか?最初に『いしぶみ』をみた時、上手く消化出来なかったというのがありまして…。どう受け取って欲しいかというのはあるのでしょうか?
是枝監督:僕はこれをリメイクするにあたって、スタッフと周辺取材をした時、生き残った人がいるという事実に出会って、「あ、全滅じゃないんだ」っていうのが驚きだったし、「残った人たちがどういう感情を抱いているだろうか」ということを調べていった時に、やっぱり生き残ってしまった感覚や、ある種の後ろめたさだったり、加害性を感じている人たちも中にはいて、「あ、そこにきちんと向き合う必要があるな」って思いました。「その声に耳を傾ける必要がある」。そうすることが出来れば、その落とした側とか、落とされたことで解放されたことに広げず、『いしぶみ』の中だけできちんと被害と加害が語れるという風に考えたので、こういうものを作ったんです。もやもやしていていんじゃないですか?これは、すっきりする話じゃないですよね。
-不甲斐なさをどうしたらいいかわらないんです…。
是枝監督:自分に対して?
-そうですね。「戦争」という大きなものに対して、どう向き合っていけばいいのか迷走してしまいました。
是枝監督:それは迷走すればいいんじゃないですか?(笑)
-きっと答えはないんですね…。
是枝監督:それはみんなが、それぞれが考えればいい。これは別に、何かみていくと、「どこそこに募金をしてください」とか「こういう風に活動しましょう」って本来アクションを促すものではないんじゃないですかね。僕は、ドキュメンタリーはそういうものじゃないと思ってます。
-では、ドキュメンタリーはどういうものなんでしょうか?
是枝監督:みた人の中で何か少しずつ、自分を作っている組成が変わるものじゃないですかね。色々なものがあっていいと思うんですけど、何か、みた人に対してとか、社会に対してとか、歴史に対しての特効薬であるとか、即効性のある薬を求める人たちがいるけれども、その作品によってとか、それをみた人の行動によって、社会変革が起きるというようなことを、作る人やみる人がドキュメンタリーに期待するというのは、非常に危険だと思っています。寧ろみた人の中で少し免疫力が上がるとか、少し何か浄化されるのか、淀むのかわからないですけど、何か体の中で少し変化が起きるんじゃないですかね。
-今、シュッとなにか、消化された気がしました。ありがとうございます。
Q:最後に、「どうしてこうなってしまったんだろう」という最悪の結末が、「戦争」というひとつの出来事に感じたのですが、二度と起こさないために私たちが出来ること、すべきことはなんだと思いますか?
是枝監督:すべきこと。「べき」を語るのは、非常に難しいね。僕は作り手なので、僕自身がきちんとこういう形で何があったのかを知ること。そして、自分が知ったことを伝えていくこと。それが僕の仕事なので。
-私はどうしたらいいですかね?
是枝監督:(笑)。そのもやもやしたものを、自分の中で見つめていくんじゃないですか。
-クリエイターは形にするという手段があるけれども、その術がない人たちはどうしたらいいのでしょうか。。
是枝監督:あまりクリエイターとそうでない人の間に、線を引く必要はないんじゃないですか。そこでクリエイターが偉くて、作らない人が偉くない訳でもないし。だって両方いないと成立しないんだから。みる人がいなければクリエイターなんて、ただの洞穴で絵を書いている人。クリエイターはみる人がいなくても、洞穴で絵を描くかもしれないけど、それはみてくれる人が必要なんじゃないですか?求めているんじゃないですかね。
-やはり答えはそれぞれの中にある、ということですね?
是枝監督:そういっちゃうと何か投げているような気がするかもしれないけど、作っている側からすると、こうするべきだっていうのは、こうするべきだと思えば、そういえばいいだけの話です。僕は自分が、この生き残った人に出会ったこと、その驚きと、彼らの気持ちや言葉に出来るだけきちんと向き合って、それを自分が驚いたようにみた人にも驚いてもらうっていう作業をしています。
取材:佐藤ありす
最後に、是枝裕和監督よりコメント&サイン入りプレスシートをいただきました!!みなさまからの応募、お待ちしています~♪
・『いしぶみ』是枝裕和監督コメント&サイン入りプレスシート:1名さま
*プレゼントの応募は終了致しました。たくさんのご応募、ありがとうございました。
*当選者の発表は、プレゼントの発送をもって代えさせていただきます。
*応募時の個人情報は、プレゼントの発送以外の目的には使用いたしません。
【STORY】
昭和20年8月6日は、朝から暑い夏の日でした。この日、広島二中の一年生は、建物解体作業のため、朝早くから本川の土手に集まっていました。端から、1、2、3、4…と点呼を終えたその時でした。500メートル先の上空で爆発した原子爆弾が彼らの未来を一瞬にして奪ったのです。少年たちは、元気だった最後の瞬間、落ちてくる原子爆弾を見つめていました。 あの日、少年たちに何が起こったのでしょうか…。
『いしぶみ』
監督:是枝裕和
原案:薄田純一郎
出演:綾瀬はるか
取材:池上彰
© 広島テレビ
7月16日 (土) より、東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場ほか全国順次公開!
http://ishibumi.jp/