ちょっぴり変で、とても愛おしい『春画先生』レビュー



喫茶店でウエイトレスとして働く春野弓子(北香那)は無味乾燥な毎日を送っていた。夢や希望も無く、これからも退屈な日々が続くだろうと思われたある日、一人の男性客が見つめる”春画”に弓子の目は釘付けになる。
その男性は”春画先生”と呼ばれる著名な春画研究者、芳賀一郎(内野聖陽)だった。春画の魅力と芳賀に心を惹かれた弓子は芳賀の自宅で春画の鑑賞講座を受けることになる。そしてそこから芳賀と弓子、師弟二人の春画を巡るめくるめく愛と探求の日々が始まっていく。

“春画”とは平安時代からはじまり江⼾時代に全盛期を迎えた、人間の性的な交わりを肉筆や木版画で描いた性風俗画のことだ。喜多川歌麿や葛飾北斎などの高名な浮世絵師もほとんどが春画を描いており、芸術作品としての評価も高い。江戸時代には「笑い絵」とも称され単に男性の快楽のためではなく、身分を問わず老若男女が娯楽として楽しんだという。

芳賀は妻に先立たれて以来、隠遁生活を送りながら春画の研究に打ち込み、目下集大成である「春画大全」の執筆に熱中している。そんな孤高の研究者に対する弓子の尊敬は次第に愛に変わり、芳賀もまた健気な弓子を憎からず思うようになるという純愛ストーリー…かと思いきや、この物語はそんなに単純ではない。「春画大全」の担当編集者で芳賀を慕う辻村(柄本佑)や、芳賀の亡き妻の姉、一葉(安達祐実)など曲者たちの登場で、物語は思いもよらない方向へと向かっていく。

春画にのめりこみ周囲を振り回しまくる芳賀と、何があっても芳賀を全身で愛する弓子の関係がある時を境に変化するのだが、その展開も予想を裏切ってくる。「こうであるべき。こうに違いない」という勝手な思い込みをぶち壊してくれる展開の連続なのだが、それが不思議と爽快で「それもアリだな」と思わされる。春画に込められた自由な発想やおおらかさ、”性”と”生”を謳歌しようとする当時の人々の精神と物語がリンクしているようで、弓子と同様に観る人の心も体も解放されてゆくのだ。

春画に情熱を注ぐピュアな変人、芳賀を内野聖陽、芳賀を全身全霊で愛するヒロイン、弓子を北香那が演じる。奔放な色男、辻村を柄本佑、芳賀の妖艶な元カノ、一葉を安達祐実が演じておりクセ強めの二人が作品の艶っぽさを更に盛り立てている。原作・監督・脚本を『月光の囁き』(99)、害虫』(02)の塩田明彦が務めた。また映倫審査ではR15+に指定され、商業映画として日本映画史上初めて無修正の浮世絵春画が上映される作品となった。

変な二人の変な愛だけれど、可愛くて愛おしくてたまらない。ニヤニヤしながら誰かを愛すること、生きることの幸福を噛み締めずにはいられない作品だ。

文 小林サク

『春画先生』R15+
10月13日(金) 全国ロードショー
配給・宣伝: ハピネットファントム・スタジオ
Ⓒ2023「春画先生」製作委員会

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