変わらないものと変えてゆくことの尊さ『そらのレストラン』レビュー
大自然をバックに垣間見えるのは、変わらないものと変えてゆくことの尊さ。知らず知らずのうちに支えられながら、迷いの中で信じた道をあるがままに生きること。
海の見える牧場とチーズ工房を営む設楽亘理(大泉洋)は、妻・こと絵(本上まなみ)と娘の3人で暮らし、チーズ職人の大谷(小日向文世)を師匠と仰いでチーズ作りに勤しんでいる。当たり前のように行き交っている、農家の富永(高橋努)や漁師の野添(石崎ひゅーい)、農家の石村(マキタスポーツ)に加え、東京から引っ越してきた牧羊の神戸(岡田将生)も彼らと関わりはじめ、助け合いの日常で過ごす時間には笑い声が響いている。
北海道。そこに訪れると、堂々巡りの煮えきらない思考が背景を変えるだけでフッと浄化されるかのごとく、出来事や他人は変えられなくても自分は変えられると、もう一度信じる勇気が湧いてくる地(と筆者は実感)に、惹きつけられる人は少なくない。『しあわせのパン』(月浦)、『ぶどうのなみだ』(空知)に続く、主演・大泉洋×北海道映画シリーズの第三弾は、道南・せたな町が舞台。北の大地の魅力が存分に凝縮されている本シリーズは、自然が織りなす風景だけでも十分に癒されるだろう。
酒を酌み交わしては、楽しむ時はとことんバカになる男連中。UFOの話になると、決まってUFOを呼ぶためのダンスをはじめ、それを少し離れたところから微笑ましく見つめる女性たち。女はいつだって母になり、男はいつでも少年に戻れてしまうもの。
ひょんなことから有名レストランのシェフ・朝田(眞島秀和)と出会い、自分たちの食材を使った1日限定のレストランを開くことを決意する。しかしある出来事をきっかけに、亘理が仲間とぶつかり合ってしまう。誰かと本気で衝突するとき、本心を知りたい感情の存在を隠せない。親しい間柄であればあるほど余計に強く、一方通行を疑うやりきれなさに怒りの仮面をかぶせる。
本作はせたな町に実在する自然派農民ユニット「やまの会」がモデルになっており、人物背景に反映されているという。さらにはスクリーンに登場する食材や小道具はすべて道内で作られた産品であるなど、さりげない瞬間にも詰め込まれているこだわりには脱帽。目にも美味しい料理たちに、うっかりお腹が鳴ってしまわぬようご注意を。
前々作ではパン、前作ではワインをコンセプトに三島有紀子監督がメガホンを握っていたが、今回は『白夜行』『神様のカルテ』などで繊細な人間描写に定評のある深川栄洋監督が、チーズをテーマに仲間たちとの絆を丁寧に紡いでいる。シリーズファンの期待も裏切らない、ひと味違ったテイストが楽しめる。
また、シリアスな役からコミカルな役まで幅広くこなす大泉だが、ボキャブラリー豊かな彼の存在にはどこかで笑いを期待してしまう。コメディと呼べるほどではないが、折々に挟み込まれている小さな笑いが物語の潤滑油になり、距離を置いてそっと見守るカメラワークがなんとも温かい。
喜怒哀楽が人生の春夏秋冬を示すように描かれ、信頼できる人たちと関わり合えること、あるがままに生きることが緩やかに心に刻まれる。そして観た後には、無性にチーズが恋しくなるはずだ。
文 南野こずえ
『そらのレストラン』
配給:東京テアトル
©2018『そらのレストラン』製作委員会 2019年1月25日(金)全国ロードショー