鬼才と呼ばずにはいられない。映画監督・天野友二朗



夢を夢のままで終わらせない!
次のステージへの挑戦を続けるアツイ人たちを応援する「次世代映画人」

「今日はぶっちゃけて話します」天野監督か早々に放ったこの言葉の意味は、記事を読み終えた後にじわじわとこみ上げてくるだろう。誰もが隠したくなる過去がある中、赤裸々に語り、紐解き、スクリーンに映そうとしている。誰かの希望のために。鬼才と呼ばずにはいられない、天野友二朗監督をご紹介。

1作目はあくまで1作目。低予算ではあり得ないクオリティと独創性
映画製作は独学で学び、1作目の『自由を手にするその日まで』は非常に低予算で作りました。オリジナル脚本で、トータルバランスを重要視した映画に仕上げています。「カナザワ映画祭」審査員特別賞など映画祭でも受賞させていただき、クオリティが高いと言っていただけますが、あくまでまだ1作目で、ここからが大事だと思っています。

医学部出身のレッテルを覆したい。独学で学んだ映画製作
自主映画は音楽が雑になりがちで、レベルが低いと感じています。僕は5歳からバイオリンを習っていて絶対音感を持っているので、今の段階では楽曲を自ら作り、演奏家に依頼して生音の収録にこだわっています。1作目はサイエンスの要素を盛り込んでいる作品なので、「医学部出身だから、そういうモノしか作れないんでしょ」と思われるかもしれません。だからこそ、2作目の『脂肪の塊』は全く異なるテイストになっています。

いろんな人の希望になれたら。いじめの経験を告白
子供の頃、「素行が悪いからちゃんとしろ」と親に言われたことで、自分の居場所を作るために優等生を演じた時期もありました。結果、物凄くいじめられました。廊下を通るだけで罵声を浴びせられ、家に「死ね」とか電話があったり、ロッカーを潰されたりと散々でした。優等生を演じることによって、自分の首を絞めた因果応報のようなものを感じました。

人にパンチを喰らわせる、強烈な映画体験を与えることが責務
小学2年生の時に『タイタニック』を観て納得できなかったんです。担任の先生に「どうしてローズはジャックを捨てるのか理解できない」と問い詰めたこともありました(笑)それが映画への熱に対しての起爆剤かもしれません。映画で描かれる安易な幸せや敷居の高い理想像で観客を騙そうとしても、僕みたいに不幸のどん底にいる人間にとっては幸せの価値観の押し売りにしか思えなくて自分を癒せなかったんです。ラース・フォン・トリアー監督の描く映画はありのままの不幸や怒りを描くので、自分に優しく寄り添ってくれると感じて。その頃には映画を撮りたいと思っていました。

よく知らない自由よりも慣れ親しんだ不自由
受験戦争やエリート街道を歩み、束縛されるマゾヒズムに身を毒されてしまうと、不自由な環境にいることが日常茶飯事になってしまうと思うんです。自己実現のための方法を知らない人が多いんじゃないかなと。『自由を手にするその日まで』で登場する高学歴のコンビニ店員は、自分自身でレッテルを貼って不自由を作り出しているから楽しめないだけであって、典型的な硬直した価値観に縛られている現代人を描写したつもりです。よく知らない自由よりも、慣れ親しんだ不自由の方が居心地がいいから、自ら不自由の中に身を置く。そんな人が都会人には多いのではないかと感じています。

人が幸福を描くなら、僕は不幸の良さを追求する
幸福と不幸、敵と味方、白と黒、善と悪。僕はすべてニアリーイコールだと思っています。全ての物事が表裏一体なので、区切ってはダメなんです。「カップルや夫婦とはこういうものだ」という理想像や、結婚適齢期の概念があるから女性は焦るし、“幸せ”って巨大広告みたいなものだと思います。“幸せ”って敷居が高くて要求が多いけれど、逆に“不幸”は自由であり寛容かもしれません。敷居の高い幸せを手に入れようと思って、苦しくなるくらいならそれは幸せ以上に不幸で、ありのままの不幸を受け入れて寄り添った方が人は楽になるのかもしれないと思っていて。『自由を手にするその日まで』では、世の中が決めた“幸せ”に縛られている不幸な二人を描いています。

群れるよりも一匹狼でいいという覚悟
「誰々と仲良くすると俺が損をこうむるから、あまり敵を作らない方がいい」という考えの人が映画業界には稀にいます。一歩引いてリスペクトするという文化が日本人にはないから、意見が違った瞬間から敵になってしまう。なんでわかり合おうとしないの?と思うんです。共通する敵を作ることで同調する集団心理など、特有の人間心理はナンセンスでくだらないと思います。そんな人間には墓を掘ってやりたいですね。同調するだけの味方よりも、本質を突いてくる敵の方がより味方だったりしますし。

衝動に突き動かされた、深田晃司監督との出逢い
深田晃司監督が主催されている『独立映画鍋』でクラウドファンディングの存在を知って、すぐに深田監督に会いに行きました。何もわからない僕に対してカンヌに飛び立たれる直前に時間を割いてくださって色々と教えてもらい、さらにはクラウドファンディングにも出資してくださいました。

アプローチは異なるが似ている方向性。緒方貴臣監督の存在
『飢えたライオン』が「第30回東京国際映画祭」にノミネートされた緒方貴臣監督には、『自由を手にする日まで』のDVDに収録しているオーディオコメンタリーに参加していただきました。とても気になっている監督の一人ですので、同じテーマで短編を撮って上映会とかできたら面白そうだなと思いますね。毒々しい感じになりそうで(笑)

道徳心を説く気なんてない。非道徳的で何が悪い
ジェットコースターはレールが外れたら即死ですよね。死に近づく体験をして何が楽しいのかというと、「神から授かった大事な命をお粗末にする」という、神の領域に触れる体験をすることで冒とく感を味わっているのではないかなと思います。不倫も同じように、他人の飯を食うから美味しいという優越感なのかもしれません。共通の敵を作ることで同調する集団心理の醜さや、学歴社会にとらわれた考え方のつまらなさなども、考え直すきっかけになれたらと思って映画を作っています。

娯楽への追求。しかし社会への問題定義
でも、道徳教育をするつもりはなくて、僕の主目的はやはり面白い映画を作ることです。人間って、気を抜けば努力しない、上を見て粗を探して嫉妬する、下を見て安心する、自分の立ち位置を決めて努力を怠る、それが人間の本質だと思っています。退屈な日常の中で、噂話に飢えては「あの人って仕事できないよね」って怒っているふりをしつつも、内心は楽しんでいる。その理由は、噂話が空腹を満たしてくれるから。映画も退屈な日常に一石を投じる媒体ですし、けしからん芸術が減っているなか、緒方監督らと共に猛毒をまき散らしてきたいですね(笑)

監督自身が体現。腐らずに頑張ろうというメッセージ
いじめられっ子だったので本来は人前に出るのも苦手ですし、心の根底にある憤りや憎悪といったルサンチマンは消えないと思うんです。僕のような人間でも、人前に出て自分の名前を出して監督としてやっているんだよ、みんな腐らずに頑張ろうよというのが本当のメッセージなんです。監督が身を挺して示しをつけたかったですし。

演者の変化を記録するように、捉えかたへの挑戦
心の闇などを作品に落とし込んでいくのがアートなので、映画を作りたい気持ちが爆発していました。そんな時に『自由を手にするその日まで』で主演していただいた、女優のみやびさんと出会って製作に至りました。2作目でも主演ですが、同じ方を起用することで、歳と共に演者の変化を記録することは作品の中で自分の捉えかたも変わってくるでしょうし、個人的にも挑戦したいことです。

これからの映画監督・天野友二朗
現在27歳ですが、35歳までには「東京国際映画祭」にノミネートされるようなレベルの監督になり、最終的には園子温監督や深田晃司監督のように日本を代表する存在になりたいですね。「己の流儀だ」という作品を持って、映画祭のアカデミックな場でも認められ、一般の方にも娯楽として浸透するような両立した監督になりたいです。一緒に仕事をしてみたい役者さんは山田孝之さん。危険ですもん(笑)今にも決壊して爆発しそうなヤバさがいいですし、殺人鬼役をやってもらいたいですね。

ありのままを認め、心の闇とは上手く付き合う。誰かに寄り添う作品を
2作目の『脂肪の塊』では、「闇を排除するな、共存して味方に付けろ」ということを訴えていますが、心に闇があることは恥ずかしいことでも悪いことでもないんです。「俺にとっての過去は完治できないガンみたいなもの。どうせ消せない記憶なら上手く付き合っていくしかない」というセリフがありますが、フタをするんじゃなくて、個性として付き合っていけばいいと思うんです。その背景には、僕が産まれる時に母親がうつ病になって「子供なんか産まなきゃよかった」とずっと言われ、ヒステリーを起こされながら、居場所のない家庭で育ちました。ありのままの自分を受け入れ、認めてほしいという思いを込めて、同じような経験をしてきた人たちに対して、寄り添う作品を作ることが僕なりの幸せなのかなと最近気づきました。

『自由を手にするその日まで』今後の上映予定
3/29にアップリンク渋谷(東京)で18:00~、20:30~に上映があります。20:30の上映後には、心理学者の矢幡洋氏を招待して分析トークを行います。また「デジタルスクリーン」にてオンラインでも配信中(2/14~4/10)です。そのほか、4/21~27 下北沢トリウッド(東京)※火曜休、4/8 シネマノヴェチェント(横浜)、4/21~4/22 十三シアターセブン(大阪)、4/24 シネマスコーレ(名古屋)で上映予定となっています。

聞けば聞くほど、全身全霊を映画に費やす覚悟を感じずにはいられなかった。それはまるで魂を削るかのようにも見えるが、ありのまま生きているだけではないだろうか。世間への挑発と娯楽を追求し、非難なんてご自由にという揺るがない芯があるかぎり、いずれ世界が彼へと目を向けるはずだ。

取材・スチール撮影 南野こずえ

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