「alley cat」とは、「野良猫」を意味する。
野良猫は「stray cat」では、と疑問に思う方もいるだろう。むしろ、ブライアン・セッツァー率いるロカビリーバンドにも用いられた単語なので、こちらが多数派かもしれない。
「stray」は「彷徨う」で、「alley」は「路地」である。同じ野良猫でも、「stray cat」が「迷い猫」のニュアンスを帯びるのに対し、「alley cat」は「裏通りの猫」なのだ。

俳優として(『破裏拳ポリマー』2017年、『Zアイランド』2015年、『赤×ピンク』2014年)、監督として(『裸のアゲハ』2016年、『木屋町DARUMA』2015年、『トマトのしずく』2012年)幅広く活躍する映画人・榊英雄がメガホンを取る『アリーキャット』は、そんな裏通りの地べたで息を潜める「街の野良猫」たちの物語だ。

『アリーキャット』ストーリー:
警備員のバイトで糊口を凌ぐ朝秀晃(窪塚洋介)は、「マル」と名付けた野良猫の世話を日課にしていた。ところがある日、マルは姿を消す。藁にも縋る思いで保健所を訪ねた秀晃は、マルを抱いて出てくる男と鉢合わせ、安堵した。「マル、よかったな……お前、命拾いしたな」
保健所から猫を引き取った男は、梅津郁巳(降谷建志)。自動車のスクラップ工場で働いている。郁巳は、大事そうに猫を包んだ毛布ごと自転車の前カゴに納め、秀晃を無視してペダルを踏み始める。「リリィだ、俺がさっき付けた名前。猫って魂を9つ持ってんだって。こいつの魂は、もうリリィちゃん」
警備会社から元ボクサーという経歴を買われた秀晃は、不本意ながらもシングルマザー・土屋冴子(市川由衣)をストーカーから守る個人警護を務めることになった。「知らない振りして、ただ近くにいてもらえたら……安心したいだけなんで」
待ち合わせた喫茶店に現れたのは、建設作業員・玉木敏郎(品川祐)だった。「「玉木さん」は止めようよ……結婚しよう、そうしたら冴子も「玉木さん」だよ」
「あ、「マル」!」離れた席で二人の様子を見守る秀晃の横に座ったのは、郁巳だった――。

窪塚洋介を銀幕に見つける度、つい掛けてしまう言葉がある。近作では『ヒミズ』(2011年)で、『愛の渦』(2013年)で、『沈黙 サイレンス』(2016年)で、呟いた。そして、今作『アリーキャット』では、思い切り叫びたい衝動に駆られた。「おかえり!」、と。窪塚洋介がスクリーンに帰ってくるのを、映画ファンはいつも心待ちにしているのだ――何故なら、彼は紛れもない映画スタアだから。
一から十まで役に成りきる、憑依型俳優と呼ばれる役者がいる。観客は作品ごとに全く違った人物像を見せつけられ、場合によっては最後まで俳優を特定できないことすらある。また、役を自分のキャラクターに引き寄せる、不動型俳優がいる。観客はどの作品を観ても同様のパーソナリティに惹きつけられ、普遍的な魅力を堪能する。窪塚は、どちらとも違う。役を理解した上で自らの身体に登場人物を再構築する、媒介型俳優である。観客は窪塚洋介という絶対的な存在感に感嘆しながら、圧倒的な役どころの広さに驚愕することになるのだ。
彼が演じる秀晃は、劇中で“猫”にちなみ「マル」と呼ばれている。一度は掴みかけた栄光をあっさり棄てさり、社会の底辺でどうにか日々を暮らしている。その姿はまさに、地べたを這い回りながらも都会を離れられない、路地裏の猫そのものである。

そんな窪塚とW主演として向こうを張るのが、降谷建志である。言わずと知れたDragon Ashのフロントマンで、ソロ(aka:Kj、KENJI FURUYA)でも活躍の場を広げているミュージシャンの降谷は、2013年の大河ドラマ『八重の桜』や2017年11月から放送予定の『精霊の守り人 最終章』など俳優業でも存在感を増している。
これは俳優業がメインだがミュージシャン(aka:卍LINE)としても注目される窪塚とは好対照を成しており、W主演として奇異な輝きを放つ。
彼が演じる郁巳は、劇中で“猫”にちなみ「リリィ」と呼ばれている。短絡的なようで、どこか物事を達観しているところがあり、まるで哲学者の如き風情を醸し出している。郁巳もまた、街で生きる野良猫なのだ。

ヒロイン・冴子が一人息子である隼人(岡本拓真)に見せる母の顔は、市川由衣の新境地といっても過言ではない。だが、物語が進むにつれ、彼女の秘密が明らかになっていく。実は「alley cat」とは、娼婦のスラングでもあるのだ。
そして、品川祐が演じる玉木が、凄まじいジョーカーっぷりを発揮する。『Zアイランド』では監督、演者の立場が逆だったが、今作で榊監督が品川祐に用意した役どころは、最悪の狂犬、最凶の野良犬である。余談ではあるが、野良犬は英語で「stray dog」という。「alley dog」なる言い回しは無いのだとか。

また、脇を固める役者陣も、鉄壁だ。
川瀬陽太が、素晴らしい。この人が出てくるだけで、画面が締まる。台詞一つ、体捌き一つ、佇まい一つで物語に深みを持たせてしまう役者は、そうはいない。
柳英里紗の存在感も、光る。『トマトのしずく』での美容師といい、この人は劇中で演じる職業に、絶妙なリアリティをまとわせる。
高川裕也は、裏社会の闇を体現する役を見事に演じきり、榊監督作品の常連である三浦誠己は、凄まじい下品さ加減で観客を酔わせる。
常連といえば、『裸のアゲハ』『裸の劇団 いきり立つ欲望』(2016年)で第29回ピンク大賞の新人女優賞に輝いた加藤絵莉の出演シーンに気付いた映画ファンは、相当な榊監督作品ツウだろう。
そして、忘れてはいけないのが、火野正平だ。短い出番が惜しくて堪らない程の抜群の存在感で、観客の眼は否が応にも釘付けにされることとなる。

社会の片隅で燻っている負け組が、一世一代の大博打に出る――そんな映画に、私たちは何故こんなにも魅了されるのであろうか。答えは簡単、私たちは皆、自分を勝ち組などと思っていないからだ。
泥水を飲み続ける者たちよ、世間を呪い続ける人々よ、負け犬の……否、“負け猫”の一撃を、とくとご覧あれ。
頭を振れ!拳を振るえ!
セドリックよ、夜を裂け!
猫には、爪があるのだ――!

文:高橋アツシ

『アリーキャット』
2017年7月15日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
©2017「アリーキャット」製作委員会

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We love and hate もうそうさ『アリーキャット』レビュー http://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/07/IMG_20170703_011033-600x396.jpghttp://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/07/IMG_20170703_011033-200x150.jpgシネマカラーズ先取りレビュー映画のえとせとらアリーキャット,榊英雄,窪塚洋介,降谷建志,高橋アツシ「alley cat」とは、「野良猫」を意味する。 野良猫は「stray cat」では、と疑問に思う方もいるだろう。むしろ、ブライアン・セッツァー率いるロカビリーバンドにも用いられた単語なので、こちらが多数派かもしれない。 「stray」は「彷徨う」で、「alley」は「路地」である。同じ野良猫でも、「stray cat」が「迷い猫」のニュアンスを帯びるのに対し、「alley cat」は「裏通りの猫」なのだ。俳優として(『破裏拳ポリマー』2017年、『Zアイランド』2015年、『赤×ピンク』2014年)、監督として(『裸のアゲハ』2016年、『木屋町DARUMA』2015年、『トマトのしずく』2012年)幅広く活躍する映画人・榊英雄がメガホンを取る『アリーキャット』は、そんな裏通りの地べたで息を潜める「街の野良猫」たちの物語だ。『アリーキャット』ストーリー: 警備員のバイトで糊口を凌ぐ朝秀晃(窪塚洋介)は、「マル」と名付けた野良猫の世話を日課にしていた。ところがある日、マルは姿を消す。藁にも縋る思いで保健所を訪ねた秀晃は、マルを抱いて出てくる男と鉢合わせ、安堵した。「マル、よかったな……お前、命拾いしたな」 保健所から猫を引き取った男は、梅津郁巳(降谷建志)。自動車のスクラップ工場で働いている。郁巳は、大事そうに猫を包んだ毛布ごと自転車の前カゴに納め、秀晃を無視してペダルを踏み始める。「リリィだ、俺がさっき付けた名前。猫って魂を9つ持ってんだって。こいつの魂は、もうリリィちゃん」 警備会社から元ボクサーという経歴を買われた秀晃は、不本意ながらもシングルマザー・土屋冴子(市川由衣)をストーカーから守る個人警護を務めることになった。「知らない振りして、ただ近くにいてもらえたら……安心したいだけなんで」 待ち合わせた喫茶店に現れたのは、建設作業員・玉木敏郎(品川祐)だった。「「玉木さん」は止めようよ……結婚しよう、そうしたら冴子も「玉木さん」だよ」 「あ、「マル」!」離れた席で二人の様子を見守る秀晃の横に座ったのは、郁巳だった――。窪塚洋介を銀幕に見つける度、つい掛けてしまう言葉がある。近作では『ヒミズ』(2011年)で、『愛の渦』(2013年)で、『沈黙 サイレンス』(2016年)で、呟いた。そして、今作『アリーキャット』では、思い切り叫びたい衝動に駆られた。「おかえり!」、と。窪塚洋介がスクリーンに帰ってくるのを、映画ファンはいつも心待ちにしているのだ――何故なら、彼は紛れもない映画スタアだから。 一から十まで役に成りきる、憑依型俳優と呼ばれる役者がいる。観客は作品ごとに全く違った人物像を見せつけられ、場合によっては最後まで俳優を特定できないことすらある。また、役を自分のキャラクターに引き寄せる、不動型俳優がいる。観客はどの作品を観ても同様のパーソナリティに惹きつけられ、普遍的な魅力を堪能する。窪塚は、どちらとも違う。役を理解した上で自らの身体に登場人物を再構築する、媒介型俳優である。観客は窪塚洋介という絶対的な存在感に感嘆しながら、圧倒的な役どころの広さに驚愕することになるのだ。 彼が演じる秀晃は、劇中で“猫”にちなみ「マル」と呼ばれている。一度は掴みかけた栄光をあっさり棄てさり、社会の底辺でどうにか日々を暮らしている。その姿はまさに、地べたを這い回りながらも都会を離れられない、路地裏の猫そのものである。そんな窪塚とW主演として向こうを張るのが、降谷建志である。言わずと知れたDragon Ashのフロントマンで、ソロ(aka:Kj、KENJI FURUYA)でも活躍の場を広げているミュージシャンの降谷は、2013年の大河ドラマ『八重の桜』や2017年11月から放送予定の『精霊の守り人 最終章』など俳優業でも存在感を増している。 これは俳優業がメインだがミュージシャン(aka:卍LINE)としても注目される窪塚とは好対照を成しており、W主演として奇異な輝きを放つ。 彼が演じる郁巳は、劇中で“猫”にちなみ「リリィ」と呼ばれている。短絡的なようで、どこか物事を達観しているところがあり、まるで哲学者の如き風情を醸し出している。郁巳もまた、街で生きる野良猫なのだ。ヒロイン・冴子が一人息子である隼人(岡本拓真)に見せる母の顔は、市川由衣の新境地といっても過言ではない。だが、物語が進むにつれ、彼女の秘密が明らかになっていく。実は「alley cat」とは、娼婦のスラングでもあるのだ。 そして、品川祐が演じる玉木が、凄まじいジョーカーっぷりを発揮する。『Zアイランド』では監督、演者の立場が逆だったが、今作で榊監督が品川祐に用意した役どころは、最悪の狂犬、最凶の野良犬である。余談ではあるが、野良犬は英語で「stray dog」という。「alley dog」なる言い回しは無いのだとか。また、脇を固める役者陣も、鉄壁だ。 川瀬陽太が、素晴らしい。この人が出てくるだけで、画面が締まる。台詞一つ、体捌き一つ、佇まい一つで物語に深みを持たせてしまう役者は、そうはいない。 柳英里紗の存在感も、光る。『トマトのしずく』での美容師といい、この人は劇中で演じる職業に、絶妙なリアリティをまとわせる。 高川裕也は、裏社会の闇を体現する役を見事に演じきり、榊監督作品の常連である三浦誠己は、凄まじい下品さ加減で観客を酔わせる。 常連といえば、『裸のアゲハ』『裸の劇団 いきり立つ欲望』(2016年)で第29回ピンク大賞の新人女優賞に輝いた加藤絵莉の出演シーンに気付いた映画ファンは、相当な榊監督作品ツウだろう。 そして、忘れてはいけないのが、火野正平だ。短い出番が惜しくて堪らない程の抜群の存在感で、観客の眼は否が応にも釘付けにされることとなる。社会の片隅で燻っている負け組が、一世一代の大博打に出る――そんな映画に、私たちは何故こんなにも魅了されるのであろうか。答えは簡単、私たちは皆、自分を勝ち組などと思っていないからだ。 泥水を飲み続ける者たちよ、世間を呪い続ける人々よ、負け犬の……否、“負け猫”の一撃を、とくとご覧あれ。 頭を振れ!拳を振るえ! セドリックよ、夜を裂け! 猫には、爪があるのだ――! 文:高橋アツシ 『アリーキャット』 2017年7月15日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー ©2017「アリーキャット」製作委員会シネマから、はじめよう。