初劇場公開作品『心中エレジー』(2005年/108分/R15+)が国内外の映画祭で最優秀作品賞を獲得、その後も『幼獣マメシバ』(2009年/106分)『私の奴隷になりなさい』(2012年/111分/R18+)などジャンルを問わぬメジャー作品を生み出し続け、テレビドラマでも演出を手掛ける映像作家がいる。彼は、深夜ドラマ『「超」怖い話』(TV版/2006年)でタッグを組んだ平山夢明が書いた一編の短編小説(『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社文庫)収録)に惚れ込み、映画化を目指した。
ところが、計画は難航した。映像化が極めて困難な、虐待、宗教、連続殺人などのテーマを内包した原作だったのだ。それならば――と彼が選んだ手法は、自主製作による映画化だった。

映画監督の名は、亀井亨。
映画のタイトルは、『無垢の祈り』(2015年/85分/R18+)という。

『無垢の祈り』ストーリー:
“おばけ”と書かれた紙を貼られた赤いランドセルを背負った華奢な少女が、裏路地をとぼとぼと歩く。学校でいじめを受けているフミ(福田美姫)は、腕や髪に付いた変質者の体液を拭う。フミの顔を覆う長い髪は、傷ではなく心の闇を映す瞳を隠しているのかもしれない。家の外は、絶望に溢れている。
家では、フミの母・カオル(下村愛)が恋人・クスオ(BBゴロー)から暴行を受けている。叫び声を聞きながら、フミは独りで湯を沸かしインスタント麺をすすり始める。義父の暴力が自分に向かう時、フミは精神の均衡を保つため自らを俯瞰視する。母は、新興宗教に益々のめり込むばかり。家の中は、地獄だ。
そんなある日、フミの住む街に凄惨なニュースが駆け巡る。猟奇的な連続殺人が発生し、警察は犯人が近隣に潜伏していると睨んでいるらしい。連続殺人犯は、被害者の骨を全て持ち去るサイコキラーだという。フミはある行動をするため、寂れた工業地帯を自転車で徘徊し始める――。

2016年9月18日【カナザワ映画祭2016】でプレミア上映され映画ファンを震撼させた『無垢の祈り』は、10月8日からのアップリンク(渋谷区 宇田川町)の公開を経て、2017年1月7日(土)から遂に“インディーズ映画の聖地”シネマスコーレ(名古屋市 中村区)でのロングラン上映が始まった。
連日シネフィルの度肝を抜かし続ける話題作は1月15日(日)に亀井亨監督と原作の著者・平山夢明が舞台挨拶に登壇し、生憎の大寒波に見舞われたレイトショーにも拘らずシネマスコーレは満席となった。

BBゴロー だいたい僕が入ってくると、皆さんシベリアンハスキーみたいな鋭い目で見られます(場内笑)。
ペコイチ 凄く怖い人の役ですもんね(笑)。

この日はクスオ役のBBゴロー、字幕翻訳を担当したペコイチも登壇し、場内を大いに盛り上げた。

亀井亨監督 この作品は、自主映画です。平山さんの原作は、映像化が難しいんです。倫理を超えているので、商業ベースだとどうしてもハードルが高いんですね。
平山夢明 小説を書いていると「映画化しませんか?」って話がちょこちょこ来るんですが、10回あって1本くらい……ほとんど実現しないんですね。今回は亀ちゃんからの話だったんで願ったり叶ったりだったんですけど、実際お金を集めるとなると商業ベースでは難しいんですよ。今の映画は、喜怒哀楽の“喜”とか“楽”がメインじゃないですか。でも、僕の小説は“怒”……観客の方に、言いようのないモヤモヤした怒りの感情を残してしまうんです。“怒”のエンターテイメントって、バブル以前は日本映画にもあったんですが、バブルの頃一気に失くなり、誰が観ても楽しくて笑えて、ちょっと泣けるような作品が今も主流ですよね。好きで怒りたい人はあんまりいない訳で、しかもお金を使い時間を作り態々怒りに来るなんて(苦笑)。ただ、僕と亀ちゃんは、それでも作る意味はあるんじゃないかと思っています。書き手の僕としては、日々嫌だなと思うことに、戦争や殺処分問題があります。そして、一番嫌なのは児童虐待です。殺処分と児童虐待がゼロになっていない国は、幸せな国ではないだろうという気がするんですね。ものを発信していく人間であるならば、何らかの形で伝えて行きたいなと思うんです。亀井くんは僕の『「超」怖い話』をドラマ化してくれた時、僕からしてみると信じられないくらい出来が良かったんですよ。表面にあるものの遥か先を描いてくれていたので、それからずっと信頼しているんです。通常、虐待の作品というと主にフォーカスされるのは“何が起きて、どうされたのか”が強いんですが、“その時どのように世界を見ていたか”を描いてくれたらなと思っていたんです。今回の『無垢の祈り』では、フミの自転車の疾走シーンにそれが出てると感じていまして、原作者として感謝しています。
亀井監督 原作であった“トトロの歌を唄って歩いていく”のが使えないので、どう変化させてあの空間に持ち込めるか……頭を捻ってみたんです。
平山 あのシーンがあることで、僕は全幅の信頼を置けたんです。

平山 主人公の彼女(福田美姫)は、本当に良くやってくれましたよね。
亀井監督 1週間で撮ったんですけど、実は2年前なんです。今は大きくなって……会ったら吃驚しますよ(笑)。
ペコイチ でも、まだこの映画は観られないんですよね?
亀井監督 そう、18(歳)まで観られない(笑)。
ペコイチ 主演なのに(笑)……
亀井監督 この前、「監督、今度は私が今観れる映画に出して!」って怒られました(場内笑)。
BBゴロー 皆さん、美姫ちゃんのことを心配してると思うんですけど……本当に天真爛漫な子ですからね。監督に優しく「この後撮影が長引くけど、美姫ちゃんトイレ大丈夫?」って聞かれて、「うん、大丈夫!」って……こんな子なんですよね。「わかった、じゃあ行くよ。用意……」……「先生!あ、間違えた……監督、やっぱりトイレ!」って(笑)。仕方ないから休憩になるんですが、その間ずっと「あ~……コアラのマーチ、食べたぁい!」って(場内笑)。
平山 だけど、「スタート!」ってなると、あの目になるんだよね。才能なんでしょうね。
亀井監督 それと、想像力が豊かなんですよね。「自分は今幸せな場所にいるけど、もしフミだったらどう思うだろう?」と、自分とは分離して役回りとして出来るってことは、相当想像力が高いんだと思います。
BBゴロー 美姫ちゃんの髪、監督がセットしてましたよね。
亀井監督 メークさんにやってもらうと、綺麗になるので……僕はグシャグシャッとしたかったんです。ある時助監督にやってもらったら、綺麗になっちゃってるんですよ。「なんで?」って聞いたら、「可哀相だから」って(場内爆笑)。

平山 美姫ちゃんもそうだけど……ゴローが、やってくれたよね。
BBゴロー ありがとうございます。特に役作りもせず、地で出来ました(一同笑)。
平山 普段の彼は、人を笑わせる、楽しませるっていう仕事をやってくれているんです。僕の持論ですが、コメディアンの方々ってシリアスな演技が怖いんですよ。でも、元々知り合いだった僕が推した訳じゃなくて、亀ちゃんから「ゴローさん出てくれないかな」って話があったんです。それで連絡したら、2人でゴニョゴニョやってて……
BBゴロー 最初はお断りしたんですけど、監督から「唐沢寿明さんに断られちゃったんだよ」って言われたので、じゃあ僕しかいないだろうと(場内笑)。
亀井監督 ……反町隆史さんじゃなかったっけ(場内笑)?最初にお会いした時は飲みの席だったんですけど、「良い面構えしてるな」って第一印象だったんです。『無垢の祈り』を進めていくうちに、「ゴローさんにやってもらったら相当怖いんじゃないか」っていうのが確信としてあって。
BBゴロー でも僕、DVとかしたことないですからね。親父が九州男児で関白宣言って言葉がぴったりな人だったので、子供の頃からこうはなりたくないと……付き合ってる彼女から無理難題を言われても、我慢してます(苦笑)。殴る人の気持ちが分からないですもん。
平山 そんな言葉を聞いてたんですが、いざ「用意、スタート!」を掛かるとあれなんで……やっぱり(DVを)やってるんじゃないの(場内笑)?
BBゴロー いやいや(笑)!愛犬のチワワと毎日2時間散歩に行くような、優しい小父さんですよ(場内笑)。
平山 「見ぃ付けた」ってシーンのゴローなんて、怖いこと怖いこと!
BBゴロー あれ一応ロバート・デ・ニーロを意識したんです(場内大笑)。スティーヴ・マーティンとどっちで行こうか迷ったんですけど(笑)。

舞台挨拶が終始和やかに進行したのは、映画『無垢の祈り』が内包する闇の濃密さの裏返しなのかも知れない。その後行われたサイン会では、日曜の深夜にも拘らず大勢の映画ファンが長蛇の列を作った。

『無垢の祈り』から観る者が受信するテーマは、暗く、深く、広い。あなたの心に去来するものは、戦慄なのか、安堵なのか、絶望なのか、解放なのか……それとも、感動なのか。
いずれにせよ、エンドロールが終わってもしばらく席を立てないであろう。後々まで心を侵食し続ける傑作を観てしまうことを強く覚悟し、劇場へ足を運ぶが良い。
1月14日から京都みなみ会館(京都市 南区)での上映も始まった『無垢の祈り』は、今後も“闇”を伝道しに全国各地を巡る。シネマスコーレでは1月27日(金)までの上映が決まっているので、狂気を劇場の闇の中で存分に浴びてほしい。
圧倒的な闇の果て、あなたは何をうつすのであろう――。

取材・文:高橋アツシ

映画『無垢の祈り』公式サイト
©YUMEAKI HIRAYAMA/TORU KAMEI