シナリオライター、動く!『函館珈琲』舞台挨拶レポート


_1120355愛知県出身の映画関係者は、多い。だが、劇場公開作品に携わったような一廉の映画人になると、途端に故郷を離れてしまうケースが多い。2016年10月23日(日)、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)の座席を埋めた映画ファンの多くは、例外たる“レアケース”をその目で焼き付けたくて足を運んだのであろう。
登壇した名古屋生まれの脚本家・いとう菜のは氏は、【伊参スタジオ映画祭】のようにシナリオコンペが開催されている映画祭の常連で、数々の受賞歴を誇るシナリオライターである。【ショートストーリーなごや】に選出された原作『笑門来福』が酒井麻衣監督により映画化(2014年/30分)され、2015年の【あいち国際女性映画祭】で【銀のカキツバタ賞】を受賞している。堂々たる経歴を持つ彼女は、今も名古屋に住む生粋の“名古屋嬢”である。
いとう氏の地元・名古屋での公開が10月22日から始まった『函館珈琲』は、【第17回 函館港イルミナシオン映画祭】のシナリオコンペで【函館市長賞】を獲得した彼女のオリジナル脚本で、『ソウルフラワートレイン』(2013年/97分)の西尾孔志監督のメガホンで映画化された記念すべき初長編シナリオである。

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MC. 地元ということで、名古屋シネマテークさんには昔からいらしてたんですか?(司会進行:涼夏)
いとう菜のは そうですね……本山(名古屋市 千種区)が私のテリトリーだったんですけど、「(名古屋シネマテークのある)今池には、行っちゃ駄目だよ」って言われてました(場内笑)。今池は大人の街なので、子どもが行くような場所じゃないよ、と。でも、そんなこと言われたら、絶対行くじゃないですか(笑)!今池には自転車でよく来ていましたし……高校の頃ひっそり一人になりたい時、学校をサボッて朝からここで映画を観ていました(場内笑)。

_1120372笑顔で壇上に立つ彼女は、さすが名古屋嬢……ヘアスタイルは、もちろん“名古屋巻き”だ。

MC. 『函館珈琲』は、【函館港イルミナシオン映画祭】で生まれた作品なんですよね?
いとう はい。【函館港イルミナシオン映画祭】とは、元々あがた森魚さんが自分の監督作品である『オートバイ少女』(1994年/78分)を上映したいがために開催した【函館ロープウェイ映画祭】が第1回なんです。篠原哲雄監督がまだ新人で、一緒にやってらしたとか。名前を変えつつもう21回目を迎える映画祭なんですが、その3年目くらいから【シナリオ大賞】が開催されています。「映画化しよう」って名目でやってる賞なんですが、映画化はとてもハードルが高いですし色々な事情もあるので、全ての作品が映画化されていた訳ではないんです。有名な所では、『おと・な・り』(脚本:まなべゆきこ/監督:熊澤尚人/2009年)や、『うた魂(たま)♪』(脚本:栗原裕光/監督:田中誠/2005年)などが、イルミナシオン映画祭から生まれた作品です。『おと・な・り』が最後だったので、だいぶ間が空いてますよね。そんな、グランプリは頂いたんですけども、映画になる保証はない状態からスタートしたんです。「これ、黙ってたら、サラッと流れていっちゃうな」と思いましたし、賞を頂いた以上は……函館市民の税金でやってる事業でもあったので……後々続いてくる脚本家の為にも、何としてでも映画化しなければいけないって強く思ったんです。審査員をやっていた河井真也プロデューサー……岩井俊二さんを世に送り出した方で、最初のプロデュース作品が『私をスキーに連れてって』(1987年/98分)、その後も『リング』(1998年/96分)・『らせん』(1998年/97分)、エドワード・ヤン監督『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年/173分)、園子温監督『愛のむきだし』(2008年/237分)なんかもプロデュースされてる大プロデューサーなんですが……その方に「是非映画化したいです」って気持ちを伝えたんです。想いは口に出して言っていかないと、実現しないと思ってるんです。口偏に十と書いて“叶う”じゃないですが、十回言うくらいの努力をしていかないと、中々映画化っていうのは厳しい……企画のまま埋もれていくことが、凄く多いので。なので、今回はこうして実現して、ここに立っていることが本当に幸せです。映画は作れば完成ではなくて、観ていただいて初めて完成するものなので。観ていただいたことで、皆さんも『函館珈琲』の仲間になっていただいたのではないかと思い、とても嬉しく思っています。

_1120369MC. 映画化するにあたって、監督はどうやって選ばれたんですか?
いとう 早い段階で、色んな知り合いの監督さんに(シナリオを)送っていました。返事を下さる方も、無視する方も、いらっしゃったんですけど(笑)……その中で、西尾孔志監督が一番「是非やらせてほしい」って想いが強かったんです。そこまで作品を愛してくださる方だったら、私もお任せしたいと思いまして。
MC. 監督が脚本やキャストを選んでいくことが多い中で、異色の成り立ちですね。
いとう 売れてる、当たってるものじゃないと出資者の方も付いてこないですし、今は原作ものが大前提です。オリジナル脚本で行くのは中々厳しいんですけど、私はオリジナルに拘りたいところがあって。
MC. 西尾監督とも、色々バトルがあったのでは(笑)?
いとう そうですね。監督は監督の撮りたい世界がありますが、賞を頂いた脚本の毛色は脚本家として守らなきゃいけない部分だと思ったんですね。ぶつかり合ったり、一歩退いてお互いの意見を尊重してみたり、色々やりながら進めていきました。抽象的な言い方ですが、西尾さんに決まった時、「『ソウルフラワートレイン』がジェリー・ビーンズみたいな映画だとすれば、『函館珈琲』は金平糖のような映画にしたいです」って言ったんです。淡い色合いで、でもちょっとトゲトゲしてるみたいな。『函館珈琲』のロケは去年の8月の後半だったんですけど、直前に『オーバー・フェンス』(監督:山下敦弘/112分)を撮影していたんです。どメジャーな(笑)オダギリジョーさん、蒼井優さん、松田翔太さんがいらっしゃるし、山下組は人が集まらないようにひっそり撮影を始めたんですけど、でもバレちゃったりするんですよね。『函館珈琲』は割りと告知したにも係わらず、騒がれることもなく、順調に撮れまして(笑)。黄川田(将也)くんなんかも、ホテルから現場まで普通に市電に乗ってやってきたりしてました。
MC. キャスティングが凄く嵌まってると思います。
いとう 私が大好きなのは、片岡礼子さんです。さすが、凄い監督の凄い作品にいっぱい出てるブルーリボン賞女優さんです。函館に行くと“翡翠館”があるんじゃないかという残像というか余韻を残せたのは、映画初出演の中島トニーくんとAzumiちゃんの新鮮さ、透明感の力も大きいんじゃないかと思っています。

MC. 随分お詳しいですが……ひょっとして菜のはさん、撮影現場に?
いとう もう、バリバリ行ってますよ。撮影期間2週間くらいの内、10日間くらいは(笑)!クランクアップの日に函館に架かった虹が、本当に綺麗でした(笑)。
MC. 脚本が実際に映像に変わっていくのを見て、如何でしたか?
いとう この映画は色んな人が出てきて、それだけでも1本の映画になりそうなパートが一杯出てくるじゃないですか。本当に美術さんには大変な苦労を強いてしまった映画なんです。“翡翠館”を探してくるところから凄く大変で、(クランク)インの数週間前に美術監督の小澤秀高さんが場所を見つけてくださったんです。海産物を貯蔵する蔵だったので、劇中みたいに格子状の光とかはあり得ないんですけど、あれはベテランの照明・赤津淳一さんのマジックです。本当に、スタッフさん、キャストさんに恵まれた映画で……脚本家、監督よりも、スタッフさんの方が有名という、珍しい映画です(笑)。そんな重鎮のスタッフさんが集まってくれたのも、函館でずっと映画が撮られてきたからです。「函館の為なら、手伝うよ!」って言ってくださって。私、実は函館に行ったことがない状態で、この脚本を書いたんですけど……
MC. えっ(場内笑)!?
いとう (笑)。美術の監督さんに、本当に怒られまして……「シナハン(シナリオ・ハンティング)せずに書くから、こういうことになるんだ!」って(場内笑)。私の中の函館は、全て映画の中の函館なんですよね。森田(芳光)監督の『ときめきに死す』(1984年/105分)『キッチン』(1989年/109分)『海猫』(2004年/129分)『わたし出すわ』(2009年/110分)、篠原(哲雄)監督の『オー・ド・ヴィ』(2002年/123分)『つむじ風食堂の夜』(2009年/84分)……そういう、映画の函館、と、妄想(場内笑)。でも、それはやっちゃいけないんだってことが良く分かりました。やっぱり、“空気感”は味わわなきゃいけないな、と(笑)。
MC. でも、役者の皆さんは“空気感”をとても良く出せてたんじゃないかと思いました。
いとう あの4人は、撮影で初めて会ったんです。黄川田くんは片岡さんと一緒にやりたいと以前から思ってたそうですけど、中島トニーくんとAzumiちゃんは初めての映画ですし。控え室でもエチュードみたいな感じで、役になりきって話していたり。2週間ですが、絆は凄く深くて……今この人たち、友達とか通り越して、家族みたいになってて。家で鍋だの誕生日だの、パーティしてますよ(笑)。中島トニーくんはドイツで育ったんですけど、この撮影時は日本に来て2年しか経っていなかったんです。漢字は読めない、書けない、日本語で書かれた台本は解らないっていう状態で、全部ドイツ語に訳して憶えなおしたそうです。あと、劇中のテディベアの一つは、トニーくんの手作りです。自分でテディベア作家さんに弟子入りして、作ってきたんです!今でも一緒に寝てるそうです(笑)。片岡さんが抱いていた青いテディベアは、私が作りました。私が書いた一行のト書きの為に、美術さんが物凄く苦労していたので、せめてこのくらいは(笑)。これから函館に行かれる方は、新名所があります。湯川町に中島トニーくんの叔母さんの家があるんですけど、そこに【Tea Room Tony&Teddy】っていうカフェが出来てます。トニーくんがびっしり書き込んだ台本や、トニーくん作のテディベアが展示してあって、骨董品があったり、ライブスペースもある素敵なティールームです。市電に乗って終点のちょっと手前には、“翡翠館”もあります。日本家屋風なんですけど、ちょっと和洋折衷で、上に不思議なレリーフがあります。

_1120380MC. 最後に、一言お願いします。
いとう このくらいの規模の日本映画は、本当に少なくなっています。ポップコーンを食べながら観るメジャー作品も良いですが、心に寄り添える映画がミニシアターで沢山やっていますので、また足を運んでいただけたら嬉しいです。

観客から大きな花束のプレゼントを受け取ると、いとう氏は深く頭を下げた。笑顔で会釈しつつ舞台を後にする背中には、万雷の拍手が惜しみなく送り続けられた。
ロビーでのサイン会では、感想よりも質問が多かったのが印象的だった。名古屋シネマテークに集う映画ファンともなると、オリジナル脚本を書いた“原作者”しか答えられないことを心得ているのだ。そんなシネフィルっぷりに、高校時代のいとう氏が透けて見える気がした。彼女もまた、派手なシーンで無意識に手を伸ばすポップコーンよりも、闇の中で銀幕と語らう時間を愛したのだろう。

サイン待ちの列が消えた後、いとう菜のはさんにお話を伺うことが出来た。

Q. シナリオライターになるのって、どうしたら良いんでしょう?
いとう菜のは シナリオ・センターを創設した新井一さんは、皆シナリオライターになれるっていう“一億総シナリオライター計画”を提唱してます。本当は、小学生くらいで皆にシナリオを書かせるべきなんでしょう。シナリオを書くための作業は、自己を振り返ったり、自分に内包しているものを見つけ出したり、頭の中を整理したり、自分だけでなく他人を見たり……色々ありますが、先ずは書かないと話にならないですよね。そして、書いても自分で持ち続けていてはただの日記なので、どこかに応募して人に評価してもらい、自分の立ち位置を知ることです。一番の近道はコンクール等に出していくことだと思います。あとは、自主映画の監督と組んで、実際に作ってしまう。自分で撮っても良いですよね。とにかく、自分で動くことしかないですよね。

_1120391Q. シナリオライターとしての一番の喜びは、何ですか?
いとう 私は、“作品になる”ことです。シナリオのままだと、ただの紙に書いた文字でしかない訳ですから、やっぱり作品になることが最大の喜び……って言うか、それしかないですね(笑)。
Q. でも、自分の望むものになるとは限らないですよね?
いとう 現場で姿を変える、“総合芸術としての映画”が私は面白いと思っています。それが嫌だと思う方、自己完結で心行くまで自分の世界を書き上げたいって言う方は、小説を書けば良いんですよ。シナリオは、羅針盤みたいなものですから、そこに色んなプロが手を加えてくれて、色んなものに変化していく……それが、凄く面白いと思っています。私は、脚本家として色々な監督と組んで、色々な作品が出来上がることに、面白さを感じるんです。

そう言って白い歯を覗かせた菜のはさんの笑顔は、ナチュラルで、ゴージャスで、柔らかだった。
“ナチュラル”“ゴージャス”“やわらか”……実は、これらの単語の頭一文字が、“名古屋巻き”の語源だそうだ。

ユーロスペース(渋谷区 円山町)での上映を好評のうちに終えた『函館珈琲』は、全国での上映が続々と始まっている。地元・北海道での公開も10月22日より始まり(シネマ太陽函館、イオンシネマ小樽)、来月早々札幌(シアターキノ)でも封切られる。
名古屋では、10月22日より上映が始まっている名古屋シネマテークの他、来月イオンシネマ名古屋茶屋(名古屋市 港区)でも公開される。また、名古屋シネマテークでの上映に合わせて、シアターカフェ(名古屋市 中区 大須)では『函館珈琲写真展』が開催されている。撮影時の様子だけでなくオフショットも充実しているので、映画と一緒に鑑賞すれば、より深く作品世界に浸れるに違いない。

取材 高橋アツシ

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