わたくしです あの日本人です『FOUJITA』レビュー


FOUJITAメイン
『泥の河』(1981年/105分)、『伽椰子のために』(1984年/117分)、『死の棘』(1990年/115分)、『眠る男』(1996年/103分)、『埋もれ木』(2005年/93分)、寡作ながら常に国内外の映画ファンに賞賛を以って迎えられる傑作ばかりを撮り続ける小栗康平監督10年ぶりの最新作、それが『FOUJITA』――126分の日仏合作映画である。
『FOUJITA』はエコール・ド・パリの寵児となり後にフランス国籍を取得した日本人画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)の物語で、“FOUJITA”とはフジタのフランス語表記である。

絵画の一部と思われた猫が動き出し、ようやくスクリーンに映った風景は実在の街並だと気付く。ここは、パリのモンパルナス。渡仏して10年となる日本人フジタ・ツグジ(オダギリジョー)は、キキ(アンジェル・ユモー)をモデルに描いた『ジュイ布のある裸婦』『五人の裸婦』等が“grand fond blanc(乳白色の下地)”と絶賛され売れっ子の画家となっていた。夜な夜なカフェでドンゲン、キスリング、スーチン、ザッキンらとどんちゃん騒ぎを繰り広げるフジタを、仲間達は“FouFou(フーフー)”と呼んで持て囃した。これはフランス語で“お調子者”の意味なので新しい恋人ユキ(アナ・ジラルド)はそう呼ぶことを躊躇ったが、むしろ当のフジタは歓迎している。「いくら絵が上手くても、名前が知られていなくては」
“FouFou”の名に相応しい喧噪のクライマックスは、“Nuitée Foujita(フジタナイト)”の場面。思い思いの奇抜な仮装をした芸術家たちは、フジタの故郷を偲ぶかのような余興に酔い痴れ、次々と“乳白色の川”に飛び込む。
祭りの後、フジタは呟く。「バカをすればするほど、自分に近づく」彼の膝を枕にしたユキは尋ねる。「淋しいの?」

映画が始まって1時間が過ぎる頃、銀幕に映る景色が突如として変質する。それまでと同じように絵画のような風景なのだが、白く煙る波頭、肌を突き刺す風……石造りの街並から、牙を剥く自然へ――フランスから日本へと舞台は移ったのだ。また、移ったのは場所だけではないようだ。藤田嗣治の表情、立ち居振る舞いから察するに、どうやら相当の時間が経過しているらしい。そして、甘怠い地方の田舎にも係わらず、画面は張りつめた空気を湛えている。この国は今、戦争の最中なのだ。藤田が身に着けているのも、国民服の正装である。
藤田が向かった先は、『国民総力決戦美術展』。戦意高揚のための戦争画が集められた展覧会で、藤田入魂の大作『アッツ島玉砕』も懸かっている。藤田は、自身の絵に深く頭を垂れ、絵の前に置かれた賽銭箱に金子を入れる人々を目にする。「絵が人の心を動かすものだと言うことを、私は初めて目の当たりにした」
とある農家の離れに疎開している藤田とその5番目の妻、君代(中谷美紀)は、ある夜、一家の次男・寛治郎(加瀬 亮)から狐の怪異譚を聞かされる。戸口を叩いてみたり、偽汽車になってみたり……狐たちは、どこかユーモラスで哀しげだ。寛治郎には、二枚目の赤紙が届いた。
藤田は、新しい戦争画に取りかかろうとしていた。資料映像は、アッツ島に勝るとも劣らぬ悲惨な状況を伝える、サイパン島のものであった。

『FOUJITA』は藤田嗣治の人生の刹那を丹念に読み解くような物語だが、伝記作品ではない。フランス編では“乳白色”の秘密に迫ることもなく、日本編では渾身の作品である“戦争画”を描くに至る経緯も描かれない。そもそも、史実に即して再現されたシナリオではない。小栗康平監督が活写したかったのは、飽くまでも“人間・藤田嗣治”の感情――心象なのだ。
また、『FOUJITA』は映画全編を通して説明が不足している作品と言える。登場人物は説明的な台詞を殆ど発してはくれないし、日時や場所や情勢を示すテロップなどと言う無粋な代物は徹底的に排されている。ところが、物語が進むうち、無意味と思われたカットが実に効果的に情報を補完していることに観客は気付く。説明がなくても、“解る”――これはまさに“人間・藤田”の感情に寄り添う映像体験と言え、『FOUJITA』の最も大きな魅力である。
絵画と見紛う風景が随所に挿入され、物語を彩る。作品を大きく分かつフランス編と日本編では絵画的風景が大きく趣を変え、“grand fond blanc”と“戦争画家”とまるで別人の如き異なる作風を持つ藤田嗣治の人間像に迫るかのような効果を挙げている。
そして、映画全体に宿る“水のイメージ”――河を溯る波、荒れ狂う海、森を覆い隠す霧、光り輝く田園、降り頻る雨、“フェリーニの川”――が、ともすれば前半、後半と大きく分断された印象を持たれかねない作品に一本の筋を通し、静謐なれども実に衝撃的な終劇で観る者の目と耳を釘付けにする。そして、誠に印象的なエンディングまで観者の心を放さない。

フジタ――藤田――FOUJITA――の、心象に寄り添う2時間を越えた時……あなたは、何をみるのか――。

文 高橋アツシ

『FOUJITA』
出演:オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、りりィ、岸部一徳、青木崇高、福士誠治、井川比佐志、風間杜夫
© 2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド
11/14(土) 角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー
『FOUJITA』公式サイト

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