寄り添えど、片寄らず『鳥の道を越えて』鑑賞記


torinomichi2

寄り添えど、片寄らず ――『鳥の道を越えて』鑑賞記――

2014年12月23日、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)は全ての座席を埋め尽くす観客で溢れた。封切を迎えたドキュメンタリー映画『鳥の道を越えて』を観るため、そして、初日と言うことで登壇する今井友樹監督の舞台挨拶を聴くためである。

「この映画は今年の3月に完成しました。8年ほど前から、消えて無くなってしまう山村の生活を祖父達から少しでも聞いておきたくて記録を始めていきました。子供の頃から祖父に聞いた「あの山の向こうに“鳥の道”があった」と言う話が心に残っていまして、それを訪ねていくプロセスを纏めた映画です。僕自身は最初祖父が指差した所が本当に見えなくて……「あの山の、あそこだ」と言われていたのが全く分からなかったのが、自分の中ですごいショックで……」

『鳥の道を越えて』作品紹介:
「祖父の見た“鳥の道”を見てみたい!」
映画の舞台は監督・今井友樹の出身地、岐阜県東白川村。あるとき祖父・今井照夫から、かつて故郷の空が渡り鳥の大群で埋め尽くされたという話しを聞かされる。孫である監督は“鳥の道”を探し求めて旅に出る。

「今回の取材を通して一番大きかったことは、故郷のかつての山村生活の在り様を知ったことでした。今僕は東京で生活していますけど、周りから「自然の中で生まれ育って良いね」と羨ましがられたりして、僕自身もそんな風に思っていたんですが……山の世界と言うものが実のところ自分は全く知っていなかった……ただ見えている山の風景だけを見ていて、その山の中に入ったことすら無かった人間でした。一方で祖父達は、山を利用しながら生きてきた人達なので」

torinomichi

本編では様々な人が証言する。
「渡り鳥の大きな群れに出会った時、猟犬が凹みに伏せてしまった」
「(木の枝に休む鳥を見て)柿が生っているのかと思った」
皆、想い出を辿るような眼差しである――そう、今はもう失われてしまった風景なのだ。

「色々調べていく上で、禁猟以前の山村の文化と言う側面のある“鳥屋(とや)”と、禁猟後の密猟問題を含めた自然保護の側面と……両方が同じ故郷の中に在ったと言うことで、どちらにも寄り添いながら色々な人に話を聞きながら纏めたのがこの作品です。正直、どう向き合えばいいのか悩みながら作りました。居なくなった鳥を含め山村生活が変化してしまった今をどう考えていけばいいのか、皆さんそれぞれの中で考えていただければ嬉しいです」

カメラは監督の故郷・東白川村を飛び出し、様々な土地の様々な人々の言葉を拾う。
そして、今井監督はその全ての言葉に真摯に寄り添う。
観客は、それまで見えなかった“鳥の道”が見えるようになる今井監督の感嘆を追体験するだけでなく、それまで意識すらしていなかった立場から様々な追思索をすることになる。

「この映画を通じて色々な意見を交わし合いながら次のことを考えていくような場を持ちたいと思っています。色々な側面から、それぞれの足元に立って考えられることを話し合う場が生まれてくれれば良いと願っております。僕自身この映画を作ったことで、山村生活の切実さを一番最初に感じて、何故人は自然を守るようになったのかと言うことを含めて、根源的な問題を詰めていきたいと――これからも、そんな作品を撮り続けていきたいと思っております。ありがとうございました」

空き座席の一つとしてない文字通り満員の観客席から、大きな大きな拍手が送られた。
寄り添えど片寄らぬ、真摯な視線――新たな映像作家の誕生を、全員が目の当たりにした。
様々な“視点”から世界を眺める93分は、有名な歌の一節を思い起こしてくれた。

――Was blind, but now I see.(盲目だったが、今は見える。)――『Amazing Grace』より

『鳥の道を越えて』が劇場公開初監督作品である、今井友樹監督……追い掛けていきたい映像作家が、また一人増えてしまった。

取材・高橋アツシ

『鳥の道を越えて』公式ホームページ

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で