のう、映画と書いて友よ 『ぼんとリンちゃん』鑑賞記


rin1011-1のう、映画と書いて友よ ――『ぼんとリンちゃん』鑑賞記――

「はじめまして、『ぼんとリンちゃん』監督の小林啓一と申します。ええ…如何、だったでしょうか?」

そんな舞台挨拶の第一声に、劇場の座席を埋めた観客は割れんばかりの拍手を送った。
2014年10月11日『ぼんとリンちゃん』が初日を迎えるに当たり、小林監督は名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)のスクリーン前に登壇した。大変な評判を呼んだ前作『ももいろそらを』(2013年/監督・脚本)の公開時は来場されなかったので、名古屋での舞台挨拶は初めてとなる。聞けば、ちょうどその折は今作の編集作業の真っ只中だったとか。

平野勇治(劇場支配人:司会進行)「『ぼんとリンちゃん』を作られた経緯を教えていただければ」
小林「『ももいろそらを』でちょっと言い足りなかった部分が自分の中であって、似たようなテーマで次の作品を作ってみようと、こう言う映画になりました。実際、『ぼんとリンちゃん』みたいなカップルのモデルがいまして…映画とは全然違うんですが、腐女子の女の子とゲームが好きな男の子です。「この子達を主人公にしたら面白いんじゃないか」と思い、映画を作りました。今一番情熱的に、エネルギッシュに動いてる人達“オタク”を主役にしてみたら面白いんじゃないかと思いまして」
平野「こう言うオタク的世界って言うのは、この映画を撮るために知っていったんですか?」
小林「そうですね。(モデルになった2人に)出会ったのが5~6年くらい前…『ももいろそらを』を作るか作らないかくらいの時で…その時は面白かったから話を聞いてるだけだったんですけど、「これ観た方がいい」「あれ観た方がいい」って言われて徐々に観るようになり、知らない間に勉強させられたみたいな部分があって、割りとすんなり世界に入り込めたかなとは思ってます」
平野「じゃあ、5年はオタクの蓄積みたいなものが…」
小林「(笑)。そうですね…ちょっと“ニワカ”ですけどね(笑)」
平野「先ほど「前作では言い足りなかった部分がある」って仰られてましたけど、どんなことなんですか?」
小林「若い子達に、もうちょっとアグレッシブに行ってもらいたいなと言うのがあって…特に経験の無い人や、自信の無い人が思い切って社会に出るとか…何も無くていいから、ほんの小さな勇気みたいなものを描けたらと思ったんです。そう言う事を感じていただければ、嬉しいです。『ももいろそらを』の時は、その部分が少なかったかと思ってまして」rin1011-3

『ぼんとリンちゃん』Story:
ここではないどこかの地方都市に住んでいる四谷夏子(通称“ぼん”・佐倉絵麻)は、16歳と62ヶ月を自称する女子大生。彼女と友田麟太郎(通称“リン”・高杉真宙)は、BL(ボーイズラブ)やアニメ、ゲームが大好きなオタクの幼なじみ。ふたりは、同棲中の彼氏から暴力を振るわれているという親友のみゆちゃん(通称“肉便器”・比嘉梨乃)を連れ戻しに東京へやってきた。名付けて「肉便器救出作戦」。ぼんとリンはネットゲームで知り合った会田直人(通称“べび”・桃月庵白酒)に協力をあおぎ、肉便器の家へと突撃する。その姿は、ロールプレイングゲームの勇者や魔法使いのパーティを彷彿とさせるものだった。リン曰く「ボス戦」に挑む一同。果たして、予測不能のミッションは成功するのか?

平野「キャスティングについて教えていただけますか?」
小林「“ぼんちゃん”に関しては、オーディションで「耳たぶにピアスをしてない」って言うのが先ず基準で選び始めて、何人か当たったんですけど全然しっくり来なくて…。ずっと前にプロモーションビデオを見て気になってた佐倉絵麻さんを聞いたら「今ちょっとお休みしてる」って言われたんですが、一応オーディションだけさせてもらったんですよ。そうしたら本当に“お嬢さん”みたいな感じで…小さい声でぼそぼそっと喋るような普通の女の子だったんですけど、何となく要素は持ってるんじゃないかと思って、お願いしました。“リンちゃん”に関しては、これも中々決まらなくて…。どうしても17・18・19才くらいの子だと、何となく性的な匂いを感じてしまう…“性に対して興味がある”みたいな男の子ばかりで、そう言うのを感じさせない男の子を選ぼうと思ったんですけど中々いなくて…。で、(高杉)真宙くんを誰かから薦められて、実際会ってみたら物凄くピュアと言うか…全く“いやらしさ”を感じない、男の子っぽくない部分を感じたので、彼にお願いしました。“べびちゃん”は、前回『ももいろそらを』で印刷屋の親仁として出てもらった、古今亭一門の若手の実力派・桃月庵白酒さんにまたお願いしました。初めは演ってくれないかと思ったんですけど、「演りますよ!」みたいな感じで一発で決まりました」
『ぼんとリンちゃん』予告編

ぼんは、自らを奮い立たす。「私の正義は、そんなにやわじゃない」
リンは、ぼんを“ねえさん”と呼び、慕っている。「108体の淫魔を狩り、末代まで呪われたハンター」
べびは、振り返る。「若い時の悩みなんて、今から見れば砂の粒みたいなものだ」
みゆは、生きがいを見つける。「わたしは、モブキャラじゃないんだから」
『ぼんとリンちゃん』のキャラクタは、精一杯の背伸びをして、全力で足掻く。

平野「登場人物の会話が多いし、ぼんちゃんは台詞が長かったり、間合いもとても良いと思うんですけど、リハーサルとか積み重ねていかれたんですか?」
小林「そうですね。撮影が始まったのが1月30日くらいだと思うんですけど、前の年の11月くらいから…10月からポツポツ始めて、11月から本格的にリハーサルをやったような感じです。リハーサルは最初から最後までやりっぱなしでした…とにかく、台詞を何も考えないで言えるくらいまでにしてもらわなきゃいけなかったんで。そこから動作を付けていったりだとか、アニメの知識を含めて一緒に勉強したりだとか…そうやって役柄を作っていった感じになります」
平野「リハーサルをやる作り方って言うのは、『ももいろそらを』の時も同じだったんですか?」
小林「そうです。『ももいろそらを』の時も、ずっとリハーサルやってました。ちょっと違ったのは、『ももいろそらを』の時は台詞の言い方をリハーサルの時より本番直前に半分くらいのスピードで演ってもらったんです。リハーサルを重ねて台詞が自然に出てくるようになったら、半分くらいのスピードに…喋り言葉に戻したんですね」
平野「自然な流れで喋っているように見えるんですけれど、全部書かれた台詞なんですか?」
小林「そうです。アドリブは無いですね。(ワンシーン)ワンカットが結構多かったので、多分咄嗟にそんな単語も出てこないでしょうし。台詞を全部ちゃんと言ってるふたりは凄いと僕も思いました」
平野「べびちゃん役の方は落語家さんですけど、アドリブが出てきたりはしなかったんですね」
小林「(桃月庵)白酒さんは凄く台本に忠実でして。高座だとお客さんの雰囲気に合わせて噺があっちに行ったりこっちに行ったりするみたいなんですけど、映画だと一番最高の状態を残さなきゃいけないので、台詞も忠実に演ってくれたみたいです」

ぼんとリンには、それぞれ妹がいる。この佐和子(月岡果穂)とくるみ(門前亜里)にも目を奪われる。ぼん、リン、みゆ、そして、べび。迷いつつも行動する主要キャラとの対比として、二人は常に“セーブポイント”で寛いでいる。
要所要所で効果的にカットインされる妹達のやり取りが抜群に面白く、スピンオフ作品として彼女らの日常を覗いてみたいレベルだ。

平野「リンちゃんやべびちゃんの部屋が凄かったですけど、美術の作り込みには監督の思い入れもあったのでは?」
小林「そうですね。べびちゃんの部屋に関しては“エロゲー好き”って設定なので、メーカーさんに片っ端からプロデューサーから電話してもらって、協力していただいた素材を全部貼ったり…かなり色々な所が協力してくださいました。リンちゃんの部屋に関してはちょっと可愛らしい感じで、ガンダムのサンライズさんとか角川さんとか…全面的に、漫画とかごそっと貸してくださったり、ポスターも全部協力してもらって…。とにかくリアリティが無いと良くないと思って…オリジナルも考えたんですけど、それだとあんまり面白くなかったので辞めたんです」
平野「ガンダムは、監督の希望でもあったとか?」
小林「あ、そうです。実はカットしちゃった中に、べびちゃんが「これでも昔はガンダムに乗りたかったんだ」って台詞があって、ぼんちゃんが「こりゃまたメルヘンな」って言う感じになって、リンちゃんが「いや違うよ、ねえさん。あれは「ガンダムの声優になりたかった」ってことだよ」って言うシーンがあったんです。そう言うシーンも本当はあったんですけど、それを受けて“ガンダム好き”って設定をちょっと匂わせたらなと思って、ポスターを貼りました」

『ぼんとリンちゃん』は“オタク”がテーマなのもあり、様々なグッズが作られている。
ポスター、クリアファイル、缶バッジ……そして、読み物が充実している。rin1011-2

小林「パンフレットは、実際に映画を観て「是非作りたい!」って言う方にお願いしたので、力作になってます。分厚いですし、最後に映画に出てきた細かいキーワードを小辞典として収録してます。「30年来のオタク」と言う方が解説を書いてくださいました」
平野「『ぼんとリンちゃん』小説版は、監督がお書きになったんですよね」
小林「はい。映画は1泊2日の話なんですけど、その前後談と言うか…1ヶ月前からと、ちょっと後が書いてあります。初めて小説を書きました…ちょっと誤植が多いって噂なんですけど(笑)」

作品を彩るボーカロイドを使用した楽曲の数々にも、是非ご傾聴を。物語を煽るBGMとしてではなく飽くまで自然音の一部として耳に届く初音ミクの声で、ぼんの、リンの日常がすんなりと観る者の腑に落ちる。そして、人気アーティスト40mPが『ぼんとリンちゃん』のために打ち込み下ろした楽曲『迷子のリボン』が、作品世界に浸透し、深化する。

年齢層も性別もバラエティに富んだ観客席の皆が笑顔のまま席を立ったのは、『ぼんとリンちゃん』が遍く人々の心を放さない稀有な魅力に溢れた傑作の証左だ。新旧のアニメやゲームの用語が速射機関砲の如く捲くし立てられる中にさり気なく“志ん生”や“カムイ伝”が鏤められている映画など中々お目に掛かれる物ではないが、その作品が面白いとなればそれは一生物の出会いである。

それはまさしく、“オタク文化”・“サブカルチャー”が持つ奥行きの深さ、『ぼんとリンちゃん』・小林啓一監督が持つ懐の深さがあるからこそ達し得た境地なのだ。

取材 高橋アツシ

『ぼんとリンちゃん』オフィシャルサイト
『ももいろそらを』オフィシャルサイト
『名古屋シネマテーク』公式サイト

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