トリアー卿の秋 来る 『ニンフォマニアック Vol.1』レビュー


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――トリアー卿の秋 来る―― 『ニンフォマニアック Vol.1』レビュー

デンマークの至宝、鬼才ラース・フォン・トリアー最新作が、間もなく公開される。『アンチクライスト』(2009年)、『メランコリア』(2011年)に続く“鬱三部作”の最終作に相応しく、『ニンフォマニアック』はVol.1・Vol.2で合計4時間にも及ぶ大作である。

『NYMPHOMANIAC』は、“色情症”の中でも女性の性欲亢進を表す用語である。このタイトルな上に、脚本・監督は表現に妥協を許さないラース・フォン・トリアー……『ニンフォマニアック』は、想像通りの、否、想像を遥かに凌駕する過激な性描写が含まれた超問題作だ。日本国内での上映は“ぼかし”を施したバージョンとなるが、それでも画面から放たれる狂気は薄れることなく観る者の脳髄に直撃する。

だが、この作品を語る上で特筆すべき点は、その過剰なまでにセクシュアルな表現だけではない。
“鬱三部作”の最後を飾る映画が、陰鬱な作品ではないと言うこと……とにかく、この点に驚愕した。『ニンフォマニアック』は、アイロニックではあるものの全体を通して観ればコメディ色の強い作品なのだ。

雪が舞う薄暗い路地で、ひとりの女性がぐったりと倒れている。顔は痣だらけで血まみれ。通りがかった年配のインテリ独身紳士セリグマン(ステラン・スカルスガルド)は、救急車も警察も呼ばないでほしいと懇願する彼女を自宅で介抱してやることにする。好奇心をそそられたセリグマンに事情を説明するよう促されたその女性、ジョー(シャルロット・ゲンズブール)は、「……理解する気があるのなら、何もかも話してあげるわ」と応じ、数奇な身の上を語り始めた。

――そんなプロローグで幕を開ける物語は“ニンフォマニアック(色情狂)”を自認するジョーが“読書狂”セリグマンに促されるままに語る自らの半生で、8つの章立てから成る。『Vol.1』は、“CHAPTER1 釣魚大全”“CHAPTE2 ジェローム”“CHAPTER3 H夫人”“CHAPTER4 せん妄”“CHAPTER5 リトル・オルガン・スクール”の5章が語られる。

冷淡な母(コニー・ニールセン)と哲学者のような医者である父(クリスチャン・スレイター)を持つジョーは2歳の頃から性器を意識しはじめ、幼なじみ(ソフィ・ケネディ・クラーク)と男漁りのゲームに興じるハイスクール時代を過ごすようになる。トラウマを残す初体験の相手J(シャイア・ラブーフ)との再会、そして別離。不貞関係を結ぶ中年男の妻(ユマ・サーマン)との修羅場。そして、最愛の父との別れ。若き日のジョーを演じる新人女優ステイシー・マーティンの、身体を張った(文字通り!)熱演に眼が離せない。“鬱”と言うより“躁”状態のような妙なテンションが視覚・聴覚問わず作品に溢れているため、観客は暗闇の中で「笑って良いのか」を自問自答することになるだろう。

考えたら、同じく“鬱三部作”に数えられる『メランコリア』も躁状態から鬱状態へ目まぐるしく展開する作品だった。自作品へのセルフ・オマージュがそこかしこに散りばめられてることも、観逃せない。さすがは、トリアー卿……トリアー狂には、嬉しい限りである。原題『NYMPHOMANIAC』は、ポスターでは“NYMPH()MANIAC”と表記される。この『()』は女性器をシンボライズするものと勝手に思っていたが、そればかりではないことが劇中でさり気なく語られる。“NYMPHOMANIA”の語源にも関わる話だが、本当に短い会話なのでお聞き逃しなく。

今年の秋は、10月11日(土)より公開『ニンフォマニアック Vol.1』、そして11月1日(土)より公開『Vol.2』に浸り、“トリアー卿の秋”は如何だろう。

文 高橋アツシ

『ニンフォマニアック Vol.2』のレビューも後日掲載。

『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』 原題:NYMPHOMANIAC/R18+
キャスト:シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、クリスチャン・スレイター、ジェイミー・ベル、ユマ・サーマン 監督/脚本: ラース・フォン・トリアー 配給:ブロードメディア・スタジオ
(C)2013 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31 APS, ZENTROPA INTERNATIONAL KÖLN, SLOT MACHINE, ZENTROPA INTERNATIONAL FRANCE, CAVIAR, ZENBELGIE,ARTE FRANCE CINÉMA
『ニンフォマニアック Vol.1』10月11日(土)~ 『ニンフォマニアック Vol.2』11月1日(土)~
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほか全国順次公開
『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』公式サイト

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