飼われているとは、限らない 『イヌミチ』鑑賞記


inumichi3飼われているとは、限らない --『イヌミチ』鑑賞記--

「主人公・黒瀬響子役を演じました永山由里恵と申します。本日はお忙しい中、上映にお越しいただき本当にありがとうございます。東京で上映が終わりまして、今日から全国公開のスタートが名古屋シネマテークさんで切れたことを嬉しく思っております」

「西森役を演らせていただきました、矢野昌幸と申します。名古屋に初めて来たんですけど…もう、食べ物も凄く美味しくて最高だなと思います(永山さん大笑)。ありがとうございます、宜しくお願いします」

2014年4月26日、名古屋シネマテークのスクリーンは二人の登壇者を迎えていた。
『Unloved』・『接吻』で映画ファンに衝撃を与えた奇才・万田邦敏監督の待ちに待った最新作『イヌミチ』の主演を務めた若き才能の舞台挨拶を見ようと、座席はGWの初日を映画館で過ごすシネフィルで埋まった。

「お二方それぞれ何故この映画に出演することになったのかをお話しいただけますか?この映画の創られ方も分かるんじゃないかと思いますので」(司会進行:名古屋シネマテーク平野勇治支配人)

永山「『イヌミチ』は映画美学校が制作している映画なんですけれども、そこにアクターズ・コースって言うコースがありまして、修了制作として撮られたんです」

矢野「脚本も、脚本コースの学生が書いたホンです。監督とカメラマンさんと照明さんと録音さんと助監督さん以外も、監督コース…フィクション・コースの学生たちで創ってます。アクターズ・コースでオーディションがありまして、万田さんとフィクション・コースの人たちとの話し合いで選ばれたと言う感じです」

『イヌミチ』ストーリー
仕事や恋人との生活において選択する事に疲れている編集者の響子(永山由里恵)はある日、クレーマーや上司に簡単に土下座する男・西森(矢野昌幸)と出会う。プライドもやる気もない西森の、無欲な「イヌ」の目に興味を持つ響子。
出来心から訪れた西森の家で、二人はおかしな「イヌ」と「飼い主」という遊びを始める。

平野「アクターズ・コースの授業で、万田さんが指導なさってるんですか?」inumichi1

永山「いえ。普段は、青年団って言う劇団の俳優さんや、映画監督の古澤健さんや深田晃司さん、鈴木卓爾さんと言う講師の方々に教わってるんですけれども、修了制作は万田監督が撮ることになって。今回初めて現場でご一緒すると言うことで、二人とも凄く緊張して臨んだんです」

『イヌミチ』は奇妙な映画である。ストーリーを一読し思い描いたイメージとはまるで懸け離れた作品が、銀幕で繰り広げられる。
“日常に潜む非日常”を観にきたはずの客は、“非日常に潜む日常”を観せつけられる。

平野「アクターズ・コースで学ばれてたことと万田さんの演出は、違うものだったんですか?」

永山「万田さんの演出は…とにかく動いたよね」

矢野「そうですね。気持ちより先に身体が動く、と言う…」

永山「画面の中でも人物が色々動きますが、そう言った演出をされてて…私はそれに付いて行くのに凄く必死になってしまった所がありましたね…。もうちょっと自分から動きの提案とかが出来れば良かったと未だに思います」

矢野「アクターズ・コースで習ってきたことは“内面が先”って考え方が基本にあって、それが全く違うことだったので、対応するのは凄く難しかったと言うか…凄く勉強になりました」

永山「普通の映画の現場って「はじめまして」で会って、家族であったり恋人であったり友達であったり、長年付き合ってることを表現しなきゃいけないと思うんですけど…矢野くんとは2年間一緒に演技を学んできた相手と言うことで、その関係性を上手く映画に…画面に反映したいと思って。撮影2週間くらい前から脚本のシーンを…監督もスタッフも居ない中…二人で稽古する時間を設けて、色々試しました」

物語の舞台となる古風な日本家屋を、“イヌ”が縦横無尽に“飼い主”を追い回す。
直立二足より四つん這いの方が自由に歩けることにリアリティを感じる映画なんて、そうそうお目に掛かれるものではない。

平野「演じられた役については、どう思われますか?」

永山「脚本を最初に読んだ時は、凄く自分勝手な女の人だなと(笑)。私、犬になる気持ちも全然解らなくて(笑)。自分が演じるのはその時まだ決まってなかったんですが、万田さんの映画には出たかったので…どうにかして演りたかったんですけれど、この女の人をどう解釈していいのか分からなかったんですね。矢野くんと稽古してる時、犬の格好になったり動きを真似したり繰り返していくうちに、段々犬の動きが楽しくなってきた自分が居て…「あ、イヌ楽しいじゃん」って、自分の中で実感を持てて。そこから“響子さん”って女の人に対して共感が持てるようになって。撮影が終わる頃には、本当に…最初凄く嫌いな役だったんですけど(矢野さん笑)…最後は凄く好きになったって言うか、自分の中で役に対するイメージが変わりましたね」inumichi2

矢野「僕は、自分と(西森が)似てるなって最初思ってて…僕も常に虐げられた人生を送ってきたので(場内笑)。仕事場でも苛められる西森も、「わかるなぁ」って思ってたんですけれど(笑)。難しかったのは、人間を犬に思うとか、自分が犬になりたいとか、あんまり僕は思わなかったので、そこは何か置き換えなきゃいけない…そんな苦労をしてました」

“イヌ”になった響子が、“飼い主”西森に「ワン!」と鳴く。その鳴き声のトーンが次第に変化してくると、西森と響子に主客転倒が生じる。
映画美学校に集った才能と万田邦敏監督でしか起こせなかった化学反応そのものなのだ、そこに存在する現実感は。

平野「『イヌミチ』以後のお二人のことをお話しいただけますか?」

永山「私いま普通に会社員やりながら俳優をやってるんですが、どうにかして続けて行きたいと思ってるので…。今後も頑張りますので、何かの機会でまた皆さんにお目に掛かれることがあるのを願ってます。6月に舞台に出ますので、何かで告知できればと思ってます」

矢野「もともと舞台志望なので、舞台をやっていこうと思ってます。僕も6月に舞台があるので、宜しくお願いします」

記者は心配してしまう、『イヌミチ』と言う代表作を背負わされたことが若き二人にとって大きな重荷となるのではないかと。だが、要らぬ心配であろう。創り手の今後の活力にならないはずは無いのだ、作品を観た者にすら得体の知れない力を与える『イヌミチ』が。

ワン!

取材 高橋アツシ

『イヌミチ』公式サイト http://inu-michi.com/

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