『体温』


朝の5分は、夜の1時間と言ったのは、誰だったか?ハインライン?ユイスマンス?それとも、高校の英語教師?…何れにせよ、けだし名言。 朝の布団には、人智を超えた抗えぬ魔力が在るように感じる。そして、恐らく魔法にかかった全員が気付いている。 素晴らしく蠱惑的だけど、そこはいつまでも居ていい場所ではないと言うことに。

緒方貴臣監督は、『体温』によって問い掛ける。
そこは、あなたが居るべき場所なのか、と。

工場作業員・倫太郎(石崎チャベ太郎)は、ヒトと見紛うほどのラブドール・イブキ(桜木凛)と暮らしており、ある日倫太郎は、街でイブキそっくりの女性・倫子(桜木凛:二役)を見かける。
倫子はアスカの源氏名でキャバクラに働いており、“アスカ”を演じることでアイデンティティを喪失しかけていた。二人は、魂の虚空を埋めるように、“禁断の果実”をクチにし、そして自ら楽園を去った者は、安住の地に二度と戻れぬことを知る。

緒方監督は、登場人物に問い掛ける。
何が、お前の楽園だったのか、と。

主演ふたりの演技には圧巻。静謐を湛えた映像によって銀幕に封じ込められた熱演を目の当たりにし、否が応でも気付かされる。緒方作品に込められた中毒性に。“朝の布団”にも似た、背徳感に。“アダムとイブ”を観ていたはずの観客は、“サロメとヨカナーン”を観ることになる。

緒方監督は、スクリーンのこちら側に問い掛ける。
それは、楽園なのか、と。

Good Night!(良き闇を!)

文・高橋アツシ

本作は、『終わらない青』で劇場デビューを果たした緒方貴臣監督の長編第2作であり、2011年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映された話題作。出演は映画を中心に国内外で幅広い活躍をしている石崎チャベ太郎と、アイドルグループ・恵比寿マスカッツの中心メンバーで、女優として高い評価を得ている桜木凛。 人間と“人形”の愛を「空気人形」とは異なる視点で、丁寧かつ大胆に描く。自分の世界に生きる男が辿り着く衝撃の結末は、見る者の胸を強く揺さぶる。

『体温』
キャスト:桜木凛、石崎チャベ太郎 監督:緒方貴臣
2013年2月23日より公開
公式HP:http://bodytemperature.paranoidkitchen.com/

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